第75話 クロスステッチの魔女、探検をお開きにする
歯車細工の魔女が模様を紙に写すのを待って、もう少し奥を見ようかと灯り石を奥にかざす。洞窟は曲がりくねって奥へ奥へと続いているようだが、風が吹き込むこともなく光源になるものもなさそうなそこは、ルイスにはいくら灯り石があっても酷に思えた。しかも、天井から氷柱のように石が垂れているのが灯り石でかすかに浮かび上がっている。そこに頭をぶつけるのは、かなり痛そうだった。
「この奥、下り坂になってない?」
「なっとるねぇ……」
「灯り石が拾えるような場所でもなさそう」
私達が持っている灯り石は、太陽と月と星……他の光を受けて、それを溜め込んで光るのだ。石が壊れるまでは、光に晒しておけば何度でも光ってくれる。しかし今回は、一切の光源を持たないだろうこの洞窟で新しい灯り石を拾うことがほぼ不可能という意味でもあった。
私の足にピッタリとくっついているルイスに目線を落とすと、彼は私が上げた灯り石だけを見るようにしているようだった。歯車細工の魔女の服の裾を掴んでいるアウローラは、暗闇そのものは平気なようだ。もっとも、まだ表情が未熟なだけで怖がっている可能性もゼロではないけれど。
「よし」
「帰ろか」
糸も灯りもまだ足りる。が、この奥に足を踏み入れるには相当の用意が必要に見える。ということで、そういうことになった。
「帰るよ、ルイス」
「あっ……マスター、いいんですか?」
「私達がピクニック気分で入れるのはここまでみたいだから」
そう言うと、彼は明らかに安心した様子だった。振り返り、持っていた糸を手繰り寄せながら歩く。とはいえ実は曲がり角のひとつも曲がっていないので、まっすぐ歩くだけだから気が楽なものだった。
「あれ奥まで行こうとしたら、色々用意せなあかんかったね」
「遺跡探索の好きな姉弟子さんなら、そういうの詳しいのかや?」
「あー、多分まず自分が踏み込むわあの人やと」
雑談をしていると、外の明かりが見えてきた。それほど長居をしていなかったつもりとはいえ、オレンジ色にはなっていないことに少し安心する。
「ん?」
さあ後は出るだけ、というところで、糸を手繰り寄せていた私の手に石が当たる。入り口で固定に使った石だ。つまり、糸はここですべて回収されてしまった、ということだろうか。
「糸……全部回収できちゃった……」
今回は浅いところでさっくり引き返していたけれど、もし奥に進んでいたら……と思うとゾッとする。
「怖ぁ……そんなオチ最悪やんか……」
幸い、出口はもう見えていて、道なりに歩くだけで済んだ。だから、どちらからともなくこのゾッとするオチに笑い合うだけで終われたのであった。
「ちょっと洞窟の再挑戦は、しばらくいいかな……付き合わせちゃってごめんね、ルイス」
「うちも〜」
短時間のちょっとした冒険を終えて、私達はそんな軽口を叩きながら外に出た。
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