第74話 歯車細工の魔女、古い細工を見つける

 クロスステッチの四等級魔女—――うちより一足早く《ドール》を持っていた親愛なる友人は、自分が何かの細工物を見つけたとわかって真っ先にうちに「これは魔法かな?」と聞いた。


「うーん、灯り石1個じゃやっぱりよぉわからんわ。魔力の残り滓みたいなんは感じ入る気ィもするけど、細工のものなのかは……この石自体が、ちょっと魔力を持っとるみたいなんや」


 ほれ、と足元に転がっていた同じ乳白色に煌めく小石を彼女に手渡す。石そのものが、わずかにその美しさで魔力を持っていた。もっとも、暗闇の中ではこれが何という石なのかの判断はつかない。候補はいくつかあるものの、暗闇の中では決め手に欠けていた。


「でも、明らかに人の手で掘ったものよね。何かの模様……かな? ううん、文字?」


 人為的な彫り痕を文字かもしれないと言われて、うちは改めてその曲線に窪んだそれに灯り石を近づけた。遺跡で見かける模様に、言われてみたら似ている気がする。


「これ、写して持ち帰るわ。うちの姉弟子ねぇやんに、遺跡の調査とかが大好きなお人がおんねん」


 今こそ、『それっぽいの見つけたらこれで写して!』と言われて渡されカバンの中で眠っていたコイツの出番。そう思ったうちは、薄手の紙を取り出す。姉弟子ねぇやんの魔法研究の副産物、手のひら二つ分の大きさの写し紙だ。本包みの紙や薬包紙のように丈夫でツヤツヤしているのに、半透明とかいうとんでもない代物。

 文字らしきものは、あまり彫りが深くない。流れる時間に対して、石もまた完全ではないのだ。だから、薄手のこの紙で写すのが一番よさそうだった。


『いーい? 歯車細工の魔女。この写し紙を人前で出す時は、相手を選ぶのよ。特に人間の前では見せないで。わたし、噂のグース糸の魔女みたいに多忙になりたくないから』


 そんな彼女の言葉を頭に思い浮かべながら、文字の一部だけでも写し取っていった。写し紙を文字の上に押し当て、浅い彫り痕を金筆かなふででなぞる。歯車の噛み合わせの調整で使っているそれは、しっかりと紙を破らない範囲で痕をつけてくれた。ある程度写したところで一応、紙を少し外して、彫り跡が指先に伝わってなぞれることを確認する。


「それは、細工の一門の秘密か何か? 見ていいなら、明るいところでじっくり見てみたいわ」


「何をしてたんですか?」


 不思議そうにしているクロスステッチの魔女とその《ドール》、そしてまだ表情を作る能力は高くないが同じような疑問を持っていそうなうちの《ドール》に、簡単にうちのやったことを説明した。


「この彫り痕をこの写し紙でなぞって、痕つけといたん。そしたら後で、うちの姉弟子ねぇやんがこれを見たらここに書いてあった文字が見れるんよ」


「記録って便利ね、魔女になってからつくづくそう思うわ」


 あれ、この子はあまりそういうのを知らないで魔女になったのかな。気になる言い方をされたものの、まだそれを聞くにはお互いをよく知らない気がして。

 うちは、彼女にその言葉の意味を聞かなかった。

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