第73話 クロスステッチの魔女、洞窟探検に繰り出す

 探検、と言っても、本格的に戻れないところまで行くつもりではない。少し行って、面白いものがあってもなくても、危なくないうちに戻ってくる。それは、私と歯車細工の魔女との間で合意していたことだった。何せいきなり決めたことだから、当然、洞窟の中を探検するための装備なんて持っていないのだ。それで奥までずんずん進んでしまうのは、ただの阿呆だと私達も理解している。お互い、見た目よりは年を経た魔女なのだから。暗いところが得意ではないルイスのために、私はもう1個の灯り石を出してきて呪文を吹き込み、光らせてルイスの首にかけていた袋に入れる。ついつい楽しくなってしまって連れて来たものの、あまり怖がらせたくはなかった。


「ルイス、これがあったら怖くない?」


「は、はい。すみません、マスター……あの、危ないと思うので、遠くには」


「さすがに行かないわよ……本当にしっかり洞窟探検するんだったら、専用の装備が必要だしね」


 本来ならもっと丈夫なロープだとか、もっと丈夫な糸で織った服だとか、そういうものが必要なのだ。今回はあくまで、『ちょっとそこまで』見てくるだけ。


「灯り石の光が弱くなり始めたな、って思ったら帰ろうか」


「そうやね、予備もそんなにあらへんし」


 《ドール》が自分の服の裾を掴んでいるのを確認して、一歩、洞窟の中に踏み込む。ルイスは腰に下げたままにしていた木剣に触れながら、首の灯り石の光を見ている。木剣は持っていることに慣れるための練習、として、ベルトを借りてつけていることになっていた。数日それで暮らして、ルイスは最初の頃のように、片側に重みがあることで体の均衡を崩すことはなくなっている。


「多分、最初の方だと大したモンもないやろうけどね。でもこの洞窟の穴が伸びている方角って、遺跡の方やし、昔の何かの可能性もあるかもしれん」


「脱出用通路だの、隠れ暮らしていた人がいただの、洞窟ってそういう話がいくつかあるものね。私の住んでいたあたりにも、昔、どこか余所からやってきて洞窟のあたりで暮らしていた人達がいたし」


 多分、どこかの落人だったのだろう。光を避けるように洞窟で暮らし、夜に狩りに出て、時折黄昏の中に紛れて村に取引に来ていた人々。違う服の人、とか、暗がりの人達、と呼んでいたっけ。今は、どうしているのだろうか。

 洞窟の中は灰色の、どこにでもある普通の石でできているようだった。でも歯車細工の魔女が少し奥へ灯り石をかざすと、奥は何かキラキラした石でできているように見える。


「あれ、奥、何の石かな」


「少し削って持って帰ろ、落ちてるのもあるやろうし」


 ルイスの様子を見ると小さく頷いていたので、私は彼の頭を軽く撫でてから奥に進んだ。近寄って見ると、そこは―――何か、白い石の壁面に、明らかに手の加わった細工があるようだった。

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