第64話 クロスステッチの魔女、お茶を楽しむ

「うちのおすすめのお店はこっちや。歩いてお茶して、その後は空でも飛ぼうかなって」


「そうなんだ、楽しみ~。あ、空を飛ぶんなら、西の方に行くと景色がいいんだってうちのお姉様が」


 私たちは他愛のない話をしながら、歯車細工の四等級魔女に案内されて魔女組合の近くにある店へと案内された。彼女の訛りのある言葉に少し警戒していたが、幸いにも、異国風のお店ではなかった。お師匠様やお姉様に叩き込まれたお作法の中の、普段は使わない異国のお茶会とかの作法を思い出す必要はないようだった。


「あのね、私、クッキー焼いてきたの。あげるから、持って帰って食べてね」


「そうなん!? うちはマフィンや、明日の朝ご飯に食べてってぇ」


 案内された席に座りながら、お互いに持ってきていたプレゼントを交換した。彼女からの箱には、リボンの結び目に小さな黄色っぽい歯車がついている。その中心には、小さな丸い赤石が嵌め込まれていて綺麗だった。何の石かは、私の拙い知識ではわからない。けれど、傾けた石の中心に白い線が走るのは、珍しいと思った。

 私達には紅茶、《ドール》達にはホットミルク、そして茶菓子になるスコーン等を何種類か注文する。店の魔女拘りだというから、楽しみだ。


「この小鳥柄、《小さな幸運》やな。ええで、好きや。そっちの歯車も同じような魔法やから、よかったら使ってって」


「ありがとう!」


 ええでええで、と言いながら、歯車細工の魔女は私の横に座らせているルイスを見た。早速届いた紅茶は、一口口に含むとほっとするおいしいものだった。茶器も品が良くて、これならお茶会にうるさいグレイシアお姉様のお眼鏡にも叶いそうに見える。あちこちにかけられてるレース編みのドイリーから魔力を感じるから、ここの魔女は編み物の一門だろうか。


「うちのあげた目、よぉ似合っとるな。どや? 具合、ええ?」


「はい、感謝いたします、魔女様」


 ルイスがお礼を言う姿を見ていた時に、ふと気づいた。あれだけの樹脂製の目を持っていた彼女自身の《ドール》は、普通の硝子の瞳をしている。


「うちもうちの子につけたいんやけどねぇ。もー、迷って迷って」


 沢山あるから決められないんよ、と彼女は嬉しそうに笑って言った。《ドール》に瞳をつける魔法は、あまり難しいものでもない。手軽さが故に、色々と迷ってしまってるようだった。


「あー、でも瞳とか色々と選べたら、迷うのはわかるかも……せっかくなら、服に合わせて色々変えてしまうのはどう?」


 瞳をいくらでも挿げ替えられるなんて、さすがに《ドール》の特権だ。魔女は色々とややこしい制約があるから、彼らほど簡単にはいかない。取り替え先の眼球が本物でもそうでなくても、用意するには難しいから。


「……今替えるか。アウローラ、目、うちの歯車の目に取り替えてええ?」


 黙って魔女の隣でホットミルクを飲んでいたアウローラは、その言葉を聞いてしばしことりと首を傾げた後、頷いた。


「マスターの作成した瞳を装着できるのであれば、それはアウローラにとって名誉です。よろしくお願いします」


「よかったですねぇ、アウローラ。僕の目のことをじっと見て、羨ましそうにしてましたもんね」


 ルイスはそう言ってたけれど、アウローラの表情は変わらないように見えた。《ドール》同士で何か、わかるのかもしれない。

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