第63話 クロスステッチの魔女、待ち合わせる
カバンには、上手に焼けたクッキー。もちろん、綺麗な箱と綺麗なリボンをかけたものだ。リボンの先端には、《小さな幸運》の魔法の刺繍を刺してある。ルイスの服も私の服も、今朝ちゃんと綺麗にしておいた。
「マスター、楽しみですね」
ジャケットを使いこなして軽やかに飛べるようになったルイスが、くるりと器用に宙返りをしながら嬉しそうに声をかけてきた。魔女組合の門の前では、組合に用がある魔女だけでなく、私たちのように待ち合わせをしている魔女もそれなりにいる。待ち合わせに分かりやすいだけでなく、魔女ばかりの空間だから、箒を取り出して飛んだって目立たないからだ。
(別に人間とうまくやっていけてないというわけではないけれど、やっぱり、じろじろとは見られるからねえ)
サリルネイアにいた時のことを思い出したりしながら、手に握ったガーデンクオーツに連絡が来ていないかを確認する。太陽が天高くなってくる様子に楽しみも膨らんだ。
「遅れるよりはと思って早く来ちゃったけど、さすがに早すぎたかな?」
「持ち歩ける時計とかは持っていなかったですもんね、マスター」
懐中時計とか魔法時計があるのは知っているのだけれど、好みの装飾が付いたものほど高かったのだ。残念ながら。しかし「自分の好き」を妥協しては、魔女ではない。というわけで、絶賛貯金中である。自分の《ドール》の次に買いたい大きな買い物だった。
「あーっ! 遅れてもーた? すまんなあ!」
「マスター、やはり出発時間にもう少し余裕を持つべきだったと具申します」
箒で降りてきた歯車細工の四等級魔女は、可愛らしい少女型の《ドール》を連れていた。長い茶髪を花と歯車で飾り、風をはらんで膨らむ鮮やかに青いフィッシュテール・スカート。白いブラウスは丸っこいパフスリーブで、首には黒いリボンタイをつけていた。緑の目をした少女の《ドール》は、自分のマスターを少し咎めてから私たちに向き直った。歯車細工の魔女と同じ緑色でも、少し色味が違う。《ドール》の方が、黄色く明るい色合いをしているように見えた。
「その子があなたの《ドール》? 歯車細工の魔女」
「そうなんよ、やーっとお許しが出て買ったんや! しばらく慣らしも終わったし、《ドール》同士にも交流を持たせたろうと思うてなあ。うちの子、アウローラって言うん。アウローラ、挨拶しぃ」
「マスターのご紹介に預かりました、細工の一門、歯車細工の四等級魔女様の《ドール》、アウローラと申します。どうぞ、よろしくお願いします」
そう言った少女の《ドール》の表情はルイスと比べると随分と薄くて、なるほど、これが買ったばかりの《ドール》なのかと私は内心で少し驚いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます