第61話 クロスステッチの魔女、変わり目を知る

 ルイスが剣の練習を一人でできるようになって、しばらくの時が経った。私は魔女組合の仕事をしたり、お師匠様から出された課題をしたり、その間の時間を無為にはしなかったと思う。刺繍において、ルイスは私をよく助けてくれた。


「気づいたら、もう季節が変わるわね……森の顔が変わってきたわ」


 魔女は気温の変化に鈍い。季節が変わったと知るのは、いつも、目に見える変化が起きてからだ。いつの間にか夏が終わって、秋になっていると悟ったのは気温が下がったからではない。肌寒さではなく、目に見えて木々の緑が落ち着いてきたからだった。少し、赤い葉っぱも混じって見える。木々が色づく、秋が来たのだ。


「本当ですね、マスター。季節が変わると暑くなったり寒くなったりする、という知識はあるのに、全然感じませんでした」


「魔女も、《ドール》も、気温を感じる感覚は鈍くなりがちなんですって。その代わり、どんな季節でも好きな服を着られるわけだけれど」


 窓枠に飛び乗ったルイスと景色を眺めていると、初めて季節の変わり目に気付かなかった昔を思い出す。季節が変わればやることも変わるし、何よりかつての私は暦の読み方も知らなかった。毎日言い付けられることをしているだけの暮らしでも、肌に触れる風の温度で季節を先んじて悟れたのに、その感覚が鈍ったのだ。

 箒で空を飛びながらも、頬に触れる風ではなく、目に見える木の葉の色で秋を知った時。それは酷い衝撃だった。歳を取らなくなった自分に気づいた時と同じくらいか、それより酷かったかもしれない。


「もっと年経た魔女の寓話だと、魔法を作るのに熱中して閉じこもって、気がついたら一年経ってたんですって。お師匠様も似たようなことはしたことあるみたい」


 気がついたら一ヶ月二ヶ月、は、熱中した魔女に時々起きるらしい。食べない眠らないだけでは死なない、魔女の特権。人間とは違うのだ。


「あ、マスター、何か聞こえます」


 そんな風に窓の外を見ていると、不意にルイスがそう言ってきた。一拍置いて、私の連絡用のガーデンクォーツが震え出す。誰かが連絡を取ろうとしている証を、私の賢い《ドール》が少し前に察知したようだった。


「もしもし? 私は、クロスステッチの四等級魔女。そちらは?」


 震え方の種類が、お師匠様のそれではない。となると、私の水晶を知ってる相手は限られている。


『もしもし、クロちゃん? うちやうち、歯車細工の四等級魔女や。うちも《ドール》買うたでな、お茶会でもどう?』


「素敵!」


 それは、友達からの嬉しいお誘いだった。

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