第60話 クロスステッチの魔女、リボンを結ぶ
《ドール》用のリボンはあまり長くないし、太くもない。だからといって刺繍が簡単かと言えば、それとこれとは話がまた別だった。
「賢いルイスを見込んで、お願いがあるの」
私は作業の途中から、見てるだけではつまらないだろうという思いと切実な願いから、ルイスにひとつお願いをしていた。
真っ直ぐ進むだけだった縁の刺繍から、紋様に入ってしばらくは、問題なかった。3目刺して、横に2目開けて、1目。それから今度は横に4目開けて1目だから、これを刺してから糸の始末を、
「マスター、そこは4目ではなく5目開けてください」
「ありがとうルイス……」
指摘を受けて図案を見直し、私が刺すつもりでいた4目先は似通った模様で表された別の色糸であると確認を取った。ルイスは本当に賢い。前のマスターが色々教えていたか、生前にちゃんと勉強をできる立場だったのだろう。
「今まで箒で事故をしたりしていたのも、正直、多分これが原因でね。糸の始末をした後に気づいて解くこともあって……それでも気づかないから、あんなことになっていたわけなんだけど」
これでも昔よりはマシになったんだよ、と呟きながら刺繍を進める。大きな数を数えるとか、字を書くとか読むとか、そういう物事は結構、お師匠様から教わったことが多い。ただのキーラでいた頃は、そういう学なんてほとんど必要なかった。村長一家はそれなりに学もあったし、名前の綴りは教えてもらえたけれど、それだけだ。それだけで、あそこでの暮らしは事足りた。今はそうではないのだけれど、私はこれはこれで、嫌いではない。今も苦手な字は多いけど。
「じゃあ、僕がマスターの助けになりますね」
「ルイスがいてくれたらきっと、暴発もしない素敵な魔法が作れると思うわ。まずはこのリボンが、その第一歩よ」
クロスステッチの刺繍図案は特定の色を特定の記号で表し、マス目を埋めていく形で描かれる。私の弱点はグレイシアお姉様も把握しているから、読みやすい字と記号にしてくれていた。お姉様が自分用に描いてた図案を前に見せてもらったけど、全く読み解けなかった思い出がある。
「僕、マスターの助けになれて嬉しいです」
嬉しそうにしているルイスを見ていると、苦手なことがあってよかったなと思えてきてしまう。こんな風に思えるのは、初めてだった。
そうやって手を動かして、指摘してもらいながら進めて、リボンができたのはお昼頃だった。最後の糸始末をして、完成した作品をしげしげと眺める。
「ルイス、ルイス、できたから木剣持ってきて。早速結んであげる!」
「わかりました!」
ルイスが持ってきてくれた木剣の持ち手の近くに、あんまり邪魔にならないように結ぶ。そして魔力を通し、彼に「持ってみて」と言った。持ち上げた彼の顔が、ぱっと笑顔になる。
「あ、マスター! できてます! ちゃんと昨日の重さです!」
「リボン、邪魔じゃなさそう?」
「とっても綺麗です!」
ご機嫌なルイスが剣の素振りを始めた様子を見ていると、ついつい、私も笑みが溢れてしまうのであった。
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