第59話 クロスステッチの魔女、リボンを作る
翌朝。自分のベッドでぐっすりと寝た私は、魔法で出したパンと目玉焼きにミルクといういつもの朝食を取ってから、グレイシアお姉様が用意してくれた図案に向き合うことにした。
まず先に用意したいのは、ルイスの練習のためにも《重量調整》の魔法のリボンだ。
「確か、リボンに使えそうな細長いのを残しておいたはず……えっと……あった!」
いつも魔法のために身につけているものとは違い、今回はお姉様から『シワ防止にできれば魔絹』と指定がある。箒のリボンは結びシワも織り込み済みで綿を使うけれど、《ドール》用の木剣に結ぶリボンにそんな遊びの余地はなかった。最初からシワになりにくい素材を用意するのがこの場合は一番で、それは私が手に入れられる素材だと魔絹だった。マルベリーと魔力を糧にするその虫はまだ育てさせてくれないから、人から買った布地になるけど。
布と糸ばかり収めたチェストから、無地の魔絹の長細い切れ端と指定された色の糸を出して作業机の上に並べた。ネモフィラの青、チェリーの新芽の緑、ザクロの赤紫……魔力を沢山は含めないけれど、その分使い勝手がいい糸達。
「マスター、もしかして僕の木剣につけるリボンを作ってくれるんですか?」
「ええ、せっかくグレイシアお姉様が教えてくれたんだもの。ルイスに作ってあげるから、ちょっと待っててね」
「僕、マスターの刺繍を見ていたいです」
嬉しいことを言ってくれたルイスに「いいわよ」と許可を出すと、彼は私の作業机の上にちょこんと座った。今度、小さいクッションを作ってあげてもいいかもしれない。
図案の目数を数え、布のカウント数を確認する。この二つの数字が揃うことで、適切な大きさで出来上がってくれるかを刺す前にわかるというから、知恵とは偉大なものだといつも思っていた。えーっと、図案のマス目は全部で縦20、横100(途中で繰り返しあり)で……布に取り付けるクロスステッチ用引き抜き式キャンパスのマス目は1インチ10マスだから……
「縦は2インチ、横は10インチになりますね。少し長くてヒラヒラしてるとしたら素敵です」
……ルイスに先に計算されてしまった。というか、今、暗算していた気がする。なんて賢い《ドール》なのだろう!
ルイスにお礼を言って布を切り、折り目をつけて中心点を決めた。最悪失敗しても、この様子ならあと2本くらいは作れそうで安心。
糸切り鋏で適当なところで切った刺繍糸の束から一本を引き抜き、お姉様の図案通りに刺し始めた。まずは縁を緑の糸で埋めて、中心点から紋様を刺す。最初の一色二色では何を描いているか訳のわからないようなものだったのが、段々と姿を布の上に浮かび上がらせてくる。しかしそれは、間違えれば消えてしまうような儚いものでもあるのだ。
その様子を見るのが好きで、私は刺繍の魔女になったとさえ言えるのかもしれない、と思いながら刺していた。
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