第54話 クロスステッチの魔女、訓練風景を眺める

 多少気になる場面はあったものの、無事にルイスの使いたい武器とその指導者が決まってくれた。


「訓練用の木剣は、おれが使っていたものを貸してもいいですか?」


「ええ。動きやすい服も必要ね、とりあえず今日はうちにある奴を貸すから着替えて基礎を教えてみたらいいんじゃない?」


 ルークはグレイシアお姉様の言葉を聞いて一礼すると、ぱたぱたとどこかへ去っていった。そこから皆、それぞれの行動を取る。一礼してから元の作業に戻るらしい者が大半だったが、スノウは残って「お茶とお菓子を出してきますね」と私達に告げた。


「今日のティータイムに用意してたお菓子を持ってきて。この子達が来るかもって多めに作らせてた奴よ」


「かしこまりました、マスター」


 一礼して去るスノウを見送って、私はお姉様に椅子を勧められて座った。座面に布を貼っていると思ってたけれど、綿か何か入っているらしい。とてもフカフカとしていた。椅子といえば木でできた硬くてしっかりした物、というのが私の中の当たり前だったので、思わず椅子を見てしまう。


「そんな顔すると思った。こういうのに慣れてなさそうだもの」


「……こういうの、うちにも欲しいです」


「三等級になったら買ってあげるわよ。私が知ってる職人は何脚かで揃いにしてるから、あなたじゃ買えなさそうだもの」


「うっ」


 グレイシアお姉様は、お師匠様の技術を一番良く継ぎながら独自の道を開いた。少年型の《ドール》を持つ魔女の中では特に、お姉様の誂えた《ドール》用装身具は人気らしい。私がルイスに着せてるジャケットも、多分、買おうとしたらそれなりの値段がするものだ。

 三等級になったら買ってあげるわよ、と言ったグレイシアお姉様の目が妙に真剣で、少し胸がぞわぞわした。何か、薄皮一枚の下で知らないものが蠢く気配。それを暴く勇気は、まだ私にはなかった。

 グレイシアお姉様は、約束がお好きだ。長い時間を生き、すでに《肉なし》だろうに、同じ魔女である私に対して小さな約束を何度か求めてきていた。だからこういう時は、妹弟子らしく全力で甘えて好意に乗っかるのがいつもの私だった。四等級魔女試験に受かった時に、上等な鋏を買ってもらったみたいに。


「……約束ですよ、グレイシアお姉様。ルイスの分も買ってくれたら嬉しいです」


「ふふ。《ドール》用の椅子なら貴女でも買えるから、そこは自分でお買いなさい」


「はぁい」


 こちらは断られてしまったけれど、グレイシアお姉様のまとう空気はいつも通りに戻ってくれた。ほっとしていると、動きやすいシンプルなシャツとズボンと革靴にリボンのついた木剣を持って二人が戻ってきた。グレイシアお姉様の魔法が何かは遠目なので読めないが、何らかの安全策なのだろう。


「我々、《ドール》には体力作りとかないのですが、まずはそもそも剣の重さが合ってるかを確認していきます。問題なさそうなら、そのまま訓練しようかと」


「マスターの前で恥ずかしいことにならないように、頑張ります!」


 ニコニコと笑ってそう言ったルイスに「頑張ってね」と言いながら、いつの間にか戻ってきたスノウの給仕でお茶とおやつを楽しむ。ルイスはその間、ルークの指導の元で剣を様々に振ってみていた。


「どう? 使いやすさとか、重さとか。前に使ったことあるかも、って言うなら、近い方がいい?」


「もっと重くて、大変だったような記憶があります。これは振りやすくていいですね」


「そのリボンには重さを本物の金属の剣に近づける魔法をかけてもらったんだけど、その様子だと少なくとも剣に振り回されることはなさそうだね。さ、それならもうちょっと練習しようか」


「はい!」


 あの剣を選んだ時の奇妙な様子は、もうどこにも見えなくて。ルイスはただ、真面目な顔で木剣を振り下ろしていた。

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