第53話 クロスステッチの魔女、《ドール》の師を決める
「グレイシアお姉様、クロスステッチの魔女です」
内側からひとりでに開いた扉から中に入って声をかけると、グレイシアお姉様が笑顔で立っていた。しかし、その目はまったく笑っていないから、背筋がひとりでに伸びる。グレイシアお姉様は昔、人間だった頃は貴族だったという話を、こういう時に納得してしまうのだ。
「お前、何をやらかしたかはわかってるわね?」
「危うくこのおうちを壊すかルイスを壊すか箒を壊す所でした」
「お馬鹿」
ぺち、と軽く額を叩かれる。と言っても勢いも痛みもない、お師匠様と同じ叱り方だった。お師匠様だと、もう少し痛いけど。
「お前自身も怪我をするところだったのよ、理解なさい。今は自分一人ではなく、その子のマスターだということを忘れないで」
「はい、お姉様。早く来たくて魔力を入れすぎてしまいました。反省します」
「わかればよろしい。さ、ルイスの剣は誰に教えてもらうか決めないとね」
今日もグレイシアお姉様は男物の服を着ていて、腰に剣を佩いていた。黒い燕尾服の尾が、くるりと後ろを向いた動きについて揺れる。銀色のベルを鳴らすと、あちこちから足音がして《ドール》達がやってきた。
先日会ったスノウ。長い茶髪を一つ結びにした空色の目の少年型は、私が初めて会ったグレイシアお姉様の《ドール》のルークだ。薄い金髪を短く切った少年型は確か、レオンという名前だったはずだ。他にも数人の《ドール》が、女主人の求めに応じて一列に並ぶ。皆、グレイシアお姉様と揃いの黒い燕尾服を着ていた。
「私は素材を自分で採りに行くからね。護衛も兼ねて《ドール》達は、みんなある程度武器を扱えるわ。それぞれに得意な武器を見せてもらって、ルイスがやれそうなものを得意な子に教えさせようかと思うんだけど、どう?」
剣以外も得意な子がいるから、と言ってお姉様は、自分の《ドール》達に武器を出させた。どうやってしまっていたのかと思ったけれど、皆、どこかにグレイシアお姉様の魔法のリボンがつけられている。魔法でしまいこんでいたらしい。
弓矢、大剣、短剣、斧……皆、得意とする武器は違うようだった。
「ルイス、どうしたい?」
私がそう聞くと、彼は私の肩のあたりを飛ぶのをやめて、《ドール》達が見せている武器の方に近づく。引き寄せられるような足取りに不安を覚えたが、ルイス自身の心は決まっているようだからそのまま見ていることにした。少し、不安だったけど。
「僕……知ってる気がします。これ、持ってみてもいいですか?」
ルークの持っていた長剣を借り受けると、ルイスは何かを確かめるように虚空にそれを振り下ろした。
「うん、僕、やっぱり前に習ってた気がするから、長剣を教えて欲しいです」
振り返って私にそう言った時には、ルイスはもういつも通りの顔をしていた。
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