第55話 クロスステッチの魔女、姉弟子に魔法を教わる

「グレイシアお姉様、お姉様」


「どうしたの?」


「《ドール》達が訓練で怪我をしたら、どうするんですか?」


 教師役であるルークの動きを真似して木剣を振り下ろすルイスを見ながら、私は気になっていたことをグレイシアお姉様に聞いた。お姉様自身も修復の技をお師匠様から習っていたから、自分で直すとの返答に私は考えてしまう。


「そっか、貴女はまだ習ってないものね。箒で事故を起こすような子に教えるのは、うん、ちょっと」


「ですよねー……はあ、どうやったら上手にできるようになるんだろう、魔法」


 手法は違っても、私もグレイシアお姉様も刺繍で魔法を使う。特別な糸とその色と、布と、刺した模様が魔法を決める。だから私は、教わった図案を刺してそれを魔法にしている、のだけれど……うまくいかないのだ。


「私もいつか、グレイシアお姉様のように新しい魔法を作りたいんですが」


「まだ早い」


 ぴしゃりと言われた。返す言葉もない。既存の魔法でさえ事故を起こすことがあるのに、あたらしい魔法の開発は危ないと言いたいのだろう。


「あの子がどこか破損したらすぐ私かお師匠様にお言い、直すから。勝手に直そうとしないこと。もっと壊すに決まってるから」


「う」


 日頃の行いが悪すぎた。大人しく紅茶を啜っていると、グレイシアお姉様から「指を入れない」とだけ短く指摘がされて慌てて取っ手をつまんだ。グレイシアお姉様とお茶をする時、お姉様は作法を気にされる。お師匠様は「魔女になった以上あんまり意味なんてないけど、元の肉を気にするような奴相手には覚えておいて損しないよ」と言っていたっけ。私は学がなかったから、気が抜けるとつい忘れてしまう。


「自分の《ドール》のためにやれることをやりたい、その心意気は認めるけどね。……だから、これを教えてあげる。そうだね、これでもなんとかできなかったら私やお師匠様を頼る、にしてあげる」


 そう言ってグレイシアお姉様が渡したのは、一枚の書き付だった。羊皮紙の滑らかな感触を珍しく思いながら見てみると、流暢な字で布や糸の指定が書き込まれた図案だった。私に手の届く範囲の素材と、まだ間違えにくそうな図案に、内心で少しホッとする。少し大きな字で、魔法の名前だろう、《疲労軽減》と書かれていた。大きさの指定からすると、ルイスには敷物として上に座ってもらうのが良さそうだ。


「それくらいなら、貴女でもできると思うから。《ドール》は人間ではないにしても、彼らの体を構成する部品は使用したらすり減るわ。それを少し直すだけの、簡単な魔法ね。《修復》じゃないから、傷やヒビには効かないからそのつもりで」


「いえ、ありがとうございます! ここで早速作ってもいいですか?」


 お姉様は少し驚いたような顔をした後、「目の前で見てるから事故は起こせないと思えば」と呟いて、許可を出してくれた。

 ルイス達は、まだ真剣な顔で練習していた。

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