第41話 クロスステッチの魔女、刺青を彫られる

「……では、後は我々裁きの魔女の審議にかけます故、クロスステッチの四等級魔女キーラとリボン刺繍の二等級魔女アルミラはこちらを身につけるなら、帰宅を許可します」


 私が目撃した女の話や、ルイスを買った店の話をさせられたところで、私はお役御免となった。理由は言われずともわかる。私は相手の見た目くらいしかわからないから、証言者として必要なことを話しきってしまったのだ。お師匠様の秘蔵っ子なら四等級でもやれてしまうのではないか、という疑いも晴れたらしい。誰だそれ言い出したの。

 私のことは容疑者ではなく、証人として呼び出すかもしれない、と告げられて素直に頷いた。悪いことは巻き込まれただけでしてないから、それで呼ばれるのは問題ない。お師匠様は嫌そうな顔してたけど、私は大人しく自分の水晶を出した。

 それから、私が釈放となった今一番気になることを聞く。まだ預かられたままの、ルイスのことだ。


「あの、ルイスは……」


「貴女の《ドール》を必要に応じてこちらに預けていただけるなら、お返しします。ただ、あのようなことは二度と起こさないように、封印措置は取らせてもらいますが」


「破壊するとか言われなくてよかった……」


「《名前消し》で自我を消されていたら破壊しましたが、既に名を持ち活動している《ドール》をそう簡単には壊しませんよ。ですが、『そう簡単には』ということは、看過できないだけのことを起こせば貴女がどう言おうと抵抗しようと破壊します」


 本気でまずい違法の《ドール》……人一人の命を消費して作った《ドール》であっても、すぐに破壊とならなくて本当によかった。ルイスは右腕にもタトゥーを入れられることになるが、これはルイスの魔力放出を防ぐためのものだと言われた。


「それと、貴女にも。これは機密を漏らさないための仕掛けです」


「ひえっ」


「痛みはありませんし、すぐに終わりますよ。ああ、《ドール》の方も終わったようですね」


 扉の開く音がして振り返ると、顔を隠してない魔女がルイスを抱いて入ってきたところだった。

 顔や腕や足に彫られた、大量の刺青に自然と眉が寄ってしまう。自分の体に模様と色を彫り込む刺青は、あまりいいものではないと教わっていた。でも、真っ白い髪と、薄い水色の瞳、雪のように白い肌に、カラフルな刺青は似合っている。腰には様々な道具を入れてるらしい茶色い革のウエストポーチを巻いていて、白いシンプルなワンピースとのコントラストが映えていた。全身に刺青を入れてる魔女なんて、一人しかいない。《裁きの魔女》達が処罰を決める者なら、処罰を与えるのは彼女だ。


「刺青の魔女……」


 彼女が針を刺すキャンパスは肌だと言う。消えない刺青を彫り込んで、それを罰の魔法とするのだと。


「この《ドール》、私のタトゥー、違う。でも、ご要望のタトゥー、入れた。腕は、ここの修復師」


 訥々とした話し方の魔女がルイスの右腕を出すまでもなく、粗末な貫頭衣一枚の彼の右腕がどうなったかはわかっていた。肩から手首にかけて、薄青色の蔦の模様がある。長袖を着ていれば隠れるようにしてくれたのは、彼女の配慮だろうか。後ろにいた師匠に軽く小突かれて、慌ててお礼を言う。


「あ、ありがとうございます、刺青の魔女様」


「貴女も。こっちへ」


 手招きをされるままに大人しく近寄ると、彼女は小さな雪の結晶をポーチから取り出した。よく見るとそれはキラキラした白い糸でできていて、彼女はそれを手に持ったまま「服、胸元開けて」と淡々と言った。


「えっと…ここでですか?」


「ここで。痛くなくするから、早く」


 断れない雰囲気を感じて、胸元のボタンを取って少しはだけさせる。すると彼女は左の鎖骨の下辺りに、雪の結晶を押し当てて何かを呟いた。結晶はするりと消えていき、私の肌に刻まれる。もっと恐ろしく痛みのあるものだと思っていたのに、あっという間に終わってしまった。


「これで、終わり。罰ではなく、秘密を秘密に、するためのもの。だから、痛くない」


「罰としての刺青はかなりの痛みを伴うものですから、刻まれるようなことはしないように」


「わ、わかりました」


 二人がかりで脅されたところで、お師匠様にも彼女は同じような処置を施す。後は帰っていいですよ、と言われ、それでいったんは放免となったのだった。

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