第40話 クロスステッチの魔女、またしても叱られる

「この、馬鹿弟子が! 《裁きの魔女》に捕縛されるようなことはするなって、口を酸っぱくして言っただろうが!」


 《裁きの魔女》の一人に裁判場に連れてこられると、真っ先にお師匠様の怒声が飛んだ。反射で体がすくみ上がる……ヨモギと間違えてトリカブト摘んできた時とか、火加減を間違えて煮込んでた薬液を飛ばしてしまった時とか、お師匠様の使ってた糸を自分でも使おうとして素手で触れたら魔力を吸い上げられて危うくなった時とか、いくつかの出来事がパパパッと脳裏に浮かんだ。うん、今回も叱られる理由しかないのだ。悲しいね。


「リボン刺繍の二等級魔女アルミラ、必要のない発言は後ほど。では、揃いましたので、開廷いたします」


 裁判長の魔女がそう宣言して、今日の裁判が始まった。昨日話した内容を魔女の一人が読み上げ、私はそれを認めるという内容を繰り返す。恐らく、お師匠様に聞かせる意があるのだろう。


「……クロスステッチの四等級魔女キーラにかけられていた嫌疑は、サリルネイアへの司法介入と虹核オパールの《ドール》作成、所持、改造です。師である貴女に証言を求めているのは、師として、彼女にそれが可能かどうかの判別となります。……問います。リボン刺繍の二等級魔女アルミラ、貴女は己の弟子キーラにそれらが可能だと思いますか? また、貴女は彼女の《ドール》が虹核オパールだと知っていましたか?」


 視界に何かキラリとした物が見えたかと思ったら、お師匠様に糸が絡みついていた。昨日、私に話させたのと同じ魔法なのだろう。お師匠様は、素直に話し始めた。


「あたしは師として、弟子にかけられた容疑を否定します。この弟子に人の心を操るような魔法は使えませんし、普通の《ドール》を作るために心のカケラを拾い上げる術も教えていません。あの《ドール》が虹核オパールの可能性は考えなかったわけではありませんが、あたしの家の魔法では偽りを剥がせませんでした。タトゥーが封印措置になっていることもあり、簡単に手を出していい存在ではないと判断。まずはある程度の道具を揃えて、それから対応するつもりでした。これはあたしのような二等級魔女に、虹核オパールを修復する機会がなかったことも大きいです。彼らには既に、修復担当の魔女がいますから」


 あの時お師匠様は、ある程度ルイスのことを察せていたらしい。まったく気づかずに買ってきちゃったんだけどな、私。 後で謝ってお礼も言わないと。


「司法介入については、あの《血の護り》のハンカチにかけられた魔法が魔法を解く魔法であると確認が取れました。サリルネイア王妃リーゼロッテ様の件については、ハンカチの作成者である《織物一門》の長、機織りの特級魔女アラクネ様より、預かるとのお言葉をいただいております」


 とんでもない名前が飛び出してきた。一門を率いる特級魔女とか、雲の上の人だ。いいのかな勝手に刺繍して。あの時はそれしかないと思っていたし、普通の布だと魔力が足りなくて魔法が解けなかったけど。

 あ、そうだ、と私は右手を少し挙げる。話したいことがある時、お師匠様の家でやってたサインが咄嗟に出てしまった。でも、ルイスのことも大事だけど、この話もしておかないと。


「あの、昨日話しそびれてしまったことなんですが、いいでしょうか」


「構いませんよ、どうぞ」


「あの刑場で、妙な魔女を見たのです。いえ、本当に魔女かは怪しいですが」


 私の曖昧な言葉に、十三対の視線が向けられる。でも、あの女については話すなとは言われてないから、話していいはずだ。間違いなく、悪い存在なのだし。


「ガラスのペンダントをしてなくて、代わりに首にぐるっと黒い輪がありました。髪も目も赤くて、黒い服で……服には大きく、刺繍がありました」


 昨日のように糸に言葉を引き出される感覚がある。見たことを素直に話してるだけなんだから、あんまり疑わないで欲しいな……。


「どんな刺繍でした? 模様を教えてください」


「はい、あれは…… 《鋏に絡みついた蛇》でした。『必要なものはもう取れた』と言って、消えてしまいました」


「どうしてそんな大事なことを、昨日は話さなかったんです!」


「昨日は自分の行いを思い返すのに精一杯で……」


 誰かにまた叱られる。それ以外はお師匠様さえ静かで、別の誰かが「残党」と呟くのは聞こえた。

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