第39話 修復師の魔女、呼び出される
その知らせを聞いたのは、朝起きて間もない頃だった。《ドール》達に朝食を作らせている時、水晶が震えたのだ。魔女同士の連絡に使われている水晶には、長く生きてきたからそれなりの相手の水晶波が蓄えられている。けど、それは思い出したくない震え方をしていた。
「……はい、リボン刺繍の二等級魔女アルミラ。何用でしょうか、《裁きの魔女》様方」
声が自然と硬くなる。朝食をいつものように持ってこようとした二人も、あたしの前には出ずに台所からこちらを覗き込んでる気配がした。
相変わらず個性のない声と共に、あの頃とまったく変わらない《裁きの魔女》の姿が水晶に浮かび上がる。もっとも、その
『貴女の弟子、クロスステッチの四等級魔女にいくつかの嫌疑がかけられているわ。ついては師として修復師として、証言のために出廷願いたいのだけれど』
「……アレは前とは違います。貴女方の手を煩わせるほどの力は、持っておりません」
『貴女が20年も試験を許さず、手元に置き続けてきた秘蔵っ子なのではなくて?』
「違います。アレはそそっかしい女でしたから、落ちるとわかってる試験を受けさせられなかったんです」
やっぱりあの、ルイスと名付けていた《ドール》によるものだろうか。あたしが《ドール》を一人で買わせなければ、こんなことにはならなかったのだろうか。後悔がぐるぐる渦巻いても、時は戻せない。
『リボン刺繍の二等級魔女アルミラ、貴女の出廷を命じます。一応、来てくれ次第裁判ということにしますわ。それまでは、あのキーラという子と話してるから。素直に名前を教えてくれたわ、そこは躾のいい子ね』
前の反省から、あたしはあの弟子に過剰なほど《裁きの魔女》の恐ろしさを語っていた。何をしたら裁きの対象になるのかも、しっかり教えていた。だから、自分の名前を教えたのだろう。真名を握られて喋らされて尚、証言者を求めるのなら、整合性の確認だろうか。
「……今すぐ向かいます」
『そう。なら、待っているわ』
ふっ、と蝋燭の火を消すように魔女の姿は水晶の中から消え、震えもなくなる。自然とため息が零れたが、それより先にやることがあった。
「イース、修復道具一式入れた鞄持ってついて来な。ステューは今日、あたしがいないことを誰か来たら伝えとくれ。表から素直に来る奴らばかりじゃないからね」
「わかりました、マスター」
「わかったのなの!」
あたしは家の前に掲げてるリボン刺繍の看板を「Close」にして、魔法で手早く身支度をした。弟子達はあまり看板を見ないで訪ねてくるから、ステューという留守番が必要なのは全員反省してほしい。
イースも魔法で簡単に綺麗にしてやると、普段はしまってある大きなリボン刺繍のタペストリーを壁にかけた。薄い桃色と薄い水色、紫色を混ぜた、朝焼けのような色合いの扉はこの世のものではない。《虚繋ぎの扉》……覚えてる場所ならどこにでも行ける強力な魔法だ。今は時間が惜しい。
「ステュー、留守番頼んだよ」
「ちゃんとしててよ、ステュー」
「はーい」
そんな声を背に、あたしとイースは刺繍で作られた扉に触れる。
「《虚繋ぎの扉》……行き先は、《裁きの魔女》大裁判場!」
ただの刺繍のタペストリーが魔力を吸い上げ、扉になる。あたしがノブを回して開けば、その向こうには懐かしくも忌々しいシンボルマークが見えた。
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