第38話 クロスステッチの魔女、改めて裁判場へ

 私は《裁きの魔女》に連行された裁判所に、一晩泊まって眠っていたのだった。懐かしい夢から覚めると、裁きにかけられている真っ最中のお尋ね魔女だという現実が戻ってくる。


「お師匠様に絶対叱られるだろうなぁ……」


 四等級魔女試験の受験許可が出るまで20年。「お前のようなそそっかしい者に試験を受けさせるわけにはいかない」と止められてきたのを、やっと認められて四等級になったのだ。これで降格処分になり五等級になったりしたら、今度は何を言われることか。そもそも五等級魔女は師匠と暮らして魔法を習う決まりだから、あの家に戻ることになる。そうなると、せっかくの一人暮らしがパァだ。


「お師匠様もイースもステューも嫌いじゃないけど、せっかくの家に戻れなくなるのは嫌なのよね」


 あと、家賃をどうするかとかが面倒になる。絶対。お師匠様の紹介で教えてもらった魔女から借りている家で、まだ買い取ってないのだ。……あれ、そういえばそろそろ家賃の支払い日だった気がする。家賃分のお金はあるけど、羽も家賃も、届けに行けるのかな……?


「まずい、早く戻らないとまずい」


 現実から少し逃げていた思考が、またここに戻ってきた。ルイス……虹核オパールの《ドール》所持については、まず私に魔力や知識を調べるとのことだった。騙されて買わされただけなら、完全に無罪放免とはならないものの、容赦はしてくれるだろう。人の命を消費して《ドール》を作ったとなれば、きっと作った張本人は只ではすまないだろう。封印措置か、《くびき》をされての追放か……。お師匠様から教えられた恐ろしい罰のことを思い出す。


(あれ?)


 思い出したのは、あの血まみれの場で血や髪を採っていった女のことだ。ガラスのペンダントをしまい込んでると思ったけど、あの首にあった黒い線は、もしかして《くびき》―――魔力を剥奪し感覚を封印する特殊な糸だったりしないか?

 今日も後で証言をしてもらう、と言っていたから、一応伝えておこうと心の中でメモをして、魔法で部屋に届けられていた朝食を食べることにした。柔らかくて白っぽいパンに、野菜スープ、牛乳というシンプルなメニューを食べると、元気が出てくる。カチカチのパンに水だけとかではなくて、本当に良かった。


「クロスステッチの四等級魔女キーラ、来なさい。今日はお前の師匠、リボン刺繡の二等級魔女アルミラが証言に来てくれているわよ」


「ひえっ」


「近日中に出廷するように、と言ったら、直後に《虚繋ぎの扉》ですっ飛んできたわ。いいお師匠様ね」


「不甲斐ない弟子なもので……」


 私を裁判場に連れに来た《裁きの魔女》が、何気なく言った言葉が恐ろしい。間違いなくお師匠様のご機嫌がよろしくないのだ。怒ると手は出ないが淡々と理詰めで叱ってくるお師匠様のお説教は、ずっと苦手にしているものだった。


「さ、行くわよ。ついてきなさい」


「はい……」


 ある意味、昨日連行された時より恐ろしい気分だった。

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