第35話 少女キーラ、魔法を知る

「魔女……? って、何?」


「ソウ、魔女を知らないノ。西はみんなそうなのカシラ」


 魔女は少し不思議そうな顔をしていた。東の国では、人間と魔女との関係が西側諸国と違うらしい。魔女は綺麗な刺繍をした布を一枚と、布包みをひとつ持っているほかは手ぶらだった。持ってくれていた水桶が、物凄く浮いて見えていたのを覚えている。服も綺麗な魔女に対して、いつも使っていた水桶が汚く見えたことも。


「あの、知らないお客さんが来てるの。マジョ、だって」


「魔女……?」


 私が水桶両方を持って養母にそう声をかけると、彼女は怪訝そうな顔をした。水桶を私が両方持っていたのは、お客に持たせてしまったとわかったら怒られるかもしれないと思ったからだ。養母は礼儀に厳しい人だった。


「東の国から来ましタ。しばらく、泊めてクダサイ。魔法でお手伝いは、シマス」


「確かに、そんな恰好でこんな山の中に来れるのは、魔女くらいだろうねえ……旦那にも話してくるから、ちょっと待っとくれ」


 東から来た魔女は、村の賓客になった。客人を泊められるような家は村長の館だけだったから、連れてきたのが私ということもあって彼女の世話は私がすることになった。後になって知ったのだけれど、当時魔女を知らなかったのは私くらいで、他のみんなは見たことがあったり親に聞いていたりしたらしい。「マジョ? なにそれ?」という私だけがおかしかったのだろう。


 魔女は小石や花を集めながら、村に滞在した。私は彼女の部屋の掃除をしたりしながら、魔女の様子を観察する楽しみが増えていた。彼女は鮮やかに染めた糸で刺繍をしては、何もないところから甘い菓子を出したり、絵を描いたりしていた。

 彼女に話しかけられたのは、昼下がりのこと。小さな客間に魔女が来た、次の日のことだった。


「ネエ、あなた」


「?」


「言葉、教えテ? まだちょっと、うまくナイ」


「うん」


 私自身もあまり言葉が上手い方ではなかったものの、片言の発音になっていた彼女の発音を訂正するくらいなら当時の私でも問題なかった。簡単な挨拶の次は、言われるままに花や色の名前を教えていく。その返礼代わりなのか、彼女は魔女のことや東の国のことを教えてくれた。


「魔女は、魔女として契約した後、魔力が完成した時から、年を取らなくナル。魔女の素質がある人は、東の国、少ない。西の国、多い」


 魔女の素質について、最初に教えてくれたのも彼女だった。その時の彼女は言葉を選んでいたから、私は生まれついての才覚の類だと思っていたことを覚えている。あれはそう、花びらで染めたという赤い糸で、彼女が縫物をしていた時だった。丸く繋いだ模様で布を埋めるように刺繍をする、彼女の姿自体が綺麗だと思ったものだった―――子供の私に、年を取らないことへの羨望はなかった。


「この赤い糸と模様、に魔力を流す。と……」


 ふわり、とただの布があっただけの場所から、冬の日に陽射しを浴びた程度のぬくもりを感じる。それが、私の初めて見た魔法だった。


「魔法とか縫物、好きなの?」


「好きヨ」


「縫物はちょっと好き。いいなあ、好きなことをずっと続けられるのって」


「できないの?」


「他にもやらないといけないことが沢山あるから」


 だからずっとはできないの。そういう私に、彼女は「そう思える、真面目な子なのネ」と笑いかけてくれた。この頃の私が魔女に勧誘されなかったのは、魔女の素質が見えなかったからだろうと、思い返していて気が付いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る