第34話 少女キーラ、魔女に会う

 一番覚えてる景色は、山肌の木々の色彩の移り変わり。同じ生地に刺しては解く刺繍のように、季節が変わるとがらりと色を変える木々を不思議に思った記憶。

 親でなくきょうだいでなく家でなく、景色を一番覚えている辺り、なるほど私は魔女なのだろう。


 私はエルキニアという山にある、小さな村で育った。どこの国になるのかは、当時全く意識したことがない。エレンベルクより北に何日か箒を飛ばした先の、いくつかの国境になっている山だった。大雑把な地図には山の名を冠した村は載ってないから、今も知らない。


「キーラ、水を汲んできてちょうだい」


「うん、わかった」


 水汲み、薪割り、料理、洗濯……村長家の養いっ子であった私が売られなかったのは、労働力としてだった。本当の親の顔は知らない。幼かった私を村に置いて、消えてしまったという。自分が料理したものの大半は口に入らなくても、それが当たり前すぎて辛いとは思わなかった。

 小さな頃から働いてきて、働き続けて村から出ることなく一生を終える。漠然とそう思っていたし、決まっている未来を嘆くこともなかった。それ以外を知らなければ、比較することもないのだから。

 木桶をふたつ持って、村外れの小川へ行く水汲み。いっぱいに水を汲んだ桶は重いけれど、楽しみがあるから辛くなかった。


「今日は綺麗な石、拾えるかな」


 村の女達と違っていたのは、私にある小さなひとつの趣味だった。水汲みに出かけた小川の、ただ白いだけの綺麗な小石。薪を拾った森に落ちている、小鳥が落とした青い羽。そういう小さなものを集めては、宝物にしていたのだ。

 養父母には狭い家にそんなものを拾ってくるなと何度か言われ、小さなずだ袋に入る分だけ集めるのを許されていた。養母に針仕事を教えられながら初めて作った小さな袋には装飾や刺繍のひとつもなく、ただ布を縫い合わせただけで。子供の拙い針仕事では縫い目が粗く、大事にしまったはずのものが見つからないこともあった。そういう時はもう見つからなかったから、頭を切り替えて新しい綺麗なものを探していた。

 そう、あの日もそうだった。言いつけられた水汲みを終えてから、帰る前に私は素敵な小石を探していた。そこに声をかける、知らない人がいたのだ。


「ネェ、あなた、この近くに住んでいるの?」


 長い黒髪に、黒い瞳、少し焼けたように見える肌。袖の膨らんだ変わった服を着た、少し変な話し方をする、村の人じゃない人。それが、彼女への最初の印象だった。

 顔馴染みの行商人以外に村に来るのは、森に用がある炭焼きや蜂飼い程度だった。彼らは当然顔見知りで、当然、女の一人旅なんて見たことがない。


「うん、そうだよ。お母さんに言いつけられた水汲みをしてたの」


「でももう、桶はいっぱいだよね。帰りたくないノ?」


「前の小石がどっか行っちゃったから、新しい小石を探してるの! ちょっとだけよ、本当は早く帰らないといけないから」


 綺麗な奴よ、と言うと、いつも笑われるものだった。腹が膨れるわけでも、まじないがかけられてるわけでもない。ただの小石。いつもは笑われるそれを、彼女は笑わなかった。


「手伝ってあげるから、村に案内してクレル?」


「うん!」


 小さな村は平和で、私は外への警戒心なんてなくて。それがどれ程得難い奇跡だったか、大人になってしみじみと思う。山賊が狙うには、うまみのなさすぎる村だっただけかもしれないけれど。


「これどうカシラ、綺麗な石!」


「わぁ、綺麗!」


 しばらく彼女と小川の岸辺を探すと、彼女はすべすべした白い小石を差し出してくれた。誰かが手伝ってくれたのなんて初めてで、私は胸が温かくなるのを感じながら村に彼女を連れて帰ったのだ。桶の片方を持ってまでくれた彼女のことが、もう好きになってさえいた。


 それが、私と魔女の出会い。お師匠様に弟子入りする前、東の国から来た魔女との対面だった。

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