第33話 クロスステッチの魔女、禁忌を知る

「こ、この子をどこで手に入れたかと申されましても……《魔女の夜市》で迷い込んだ店にございます。証書も、その店でもらいました。傷もあるし、私が四等級だからと安くしてもらいまして……」


 《裁きの魔女》達が口々に詰め寄ってきても、私にはそれしか言えなかった。証書には店の名前があるものの、私が安く買った《ドール》に何かしてないかを疑っているのだろうか。


「精神等級を示す部分は筆跡が違う。お前が書いたのか?」


「滅相もございません! わ、私は、《ドール》の核の作り方を知りません!」


 必死に小さくなりながらそう言うと、《裁きの魔女》の一人が私を指差した。十字に組んだ二つの板の両方に、その魔女は指で名前をなぞる。「Kira」……先ほど明かした、私の名前だ。


「名前の悪用はしないと誓っているけど、緊急事態につき、一つだけ魔法をかけさせてもらいます」


 そう言った魔女がどんな顔をしているのかは、ローブのせいでわからない。別の魔女が質問のために口を開いた。


「クロスステッチの四等級魔女キーラ。あなたの《ドール》は《魔女の夜市》で購入したものであり、その時には今の核がすでに入っていた。間違いない?」


「はい、間違いありません」


 口を何かに引っ張られるようにして、私は気づいたら話していた。質問に答えるだけなのに、頭は勝手に過去を思い出し、全力で走ったような疲労感を感じる。


「あなたは《ドール》の核の作り方も、禁忌の《ドール》のことも知らない?」


「想像もできません」


「あなたの師、リボン刺繍の二等級魔女アルミラはこの《ドール》について何て?」


「ステュー……お師匠様の元にいる同じ大きさの子より、魔力の消耗が激しいだろうから、気を使っておやりなさい、と」


 もういいわ、と言って木の板を持っていた魔女が手で何かを切るような仕草をする。勝手に答えていた口がやっと自分のものになった感覚と、魔法を使いすぎた時に似た疲労感でへたりこんでしまった。魔女の誰かが出してくれた椅子に着地するような形で座ると、「あなた自身は何も知らないのね」と木の板の魔女が呟いた。


「魔法をかけられて疲れてるだろうから、休憩がてら教えてあげます。我々が何故、虹核オパールの《ドール》をそれほど危険視しているのか」


「はい」


 やっぱり、さっき私は何らかの魔法をかけられていたらしい。これだから名前を明かしてはいけないんだよ馬鹿弟子、というお師匠様の声が聞こえてきそうだ。座って呼吸を整えながら、話を聞く姿勢になる。


「魔女の《ドール》は、人間の心のカケラを魔法で譲り受けて核とする。それはあくまでカケラであり、ひとつの感情の一片だ。それを魔女に抜かれたからと言って、悲しみや喜びを感じなくなるわけではない。もちろん、命に関わることもない。ここまではよいな?」


 私は頷く。心のカケラを譲られる魔法はまだ使えないけれど、そういう仕組みだとは教わっていた。


「最初の《ドール》は死に行く人間の友を惜しんだ魔女が、失われていく心のひとカケラを抜き取る魔法を天啓で授かったことで生まれた。今の若い魔女達にはそう教えているが、間違いだ。……最初の《ドール》は、最初の頃の《ドール》達は、その心をすべて抜き取り加工したものだった。当然、その人間は死ぬ。それが、虹核オパールの《ドール》だ。糸紡ぎの大魔女ターリア様の定めた掟に、真っ向から背く存在である」


 思わず固まってしまった。イースやステュー、スノウのような《ドール》達と違って、ルイスに心のカケラを提供した人間は死んでいたのだ。ルイスが長く在りすぎたために寿命を迎えたとかではなく……ルイスに心を全て使われてしまったから。それは禁忌になるのも当然だと納得してしまう。だって、魔女が魔法や美の追求のために人間を傷つけるのでさえ禁忌なのに、殺してしまってるのだから。


「我々の調べでは、この《ドール》は400年は存在している。その頃には当然、大魔女ターリア様の掟も定められていた。つまり、禁忌だとわかった上で作られたことになる」


 どうするのだろう。《ドール》は生きているとはいえ、その体はあくまでモノだ。魔女の掟でも、使い魔の一種として扱われる。せめてルイスを壊さないでいてくれたら、私への罰なら受け入れるから……!


「作るための魔法が絶えたと思われていた禁忌の《ドール》の方が、魔女の政治介入疑惑より大きい問題なのだ。おかげで、こちらは忙しくなりそうだがな。……まったく、どうやったら問題を二つも抱え込んだ四等級魔女になるんだ」


 きっとまだ少し、あのさっきの魔法が残っていたのだろうか。私の頭は、過去を思い返していた。

 魔女になる前、ただのキーラだった頃の私を。

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