3章 クロスステッチの魔女の裁判

第30話 クロスステッチの魔女、連行される

「あのね、ルイス」


「マスター? どうしたんですか?」


「私にしっかりしがみついてて」


 きゅ、と小さな球体関節の腕が私の服を掴む。かわいい。っと、そんな現実逃避をしている場合ではない。七人の魔女が私を囲むようにして、舞い降りてくる。皆一様に黒いローブを着ていて、顔が見えず、魔女の身分証明であるガラスのペンダントも見えない。けれど、彼女達は正真正銘の魔女だ。その胸に金糸で刺繍されているのは、魔女界の掟破りを鎮圧する《裁きの魔女》達の証、《糸巻を断ち切ろうとする鋏》だ。


「—――鎮圧する」


 印象の薄い女の声がしたかと思うと、私が何かをするよりも早く手足が何かに締め付けられた。細い糸か何かだろう、かなり食い込んで来て痛い。とくに腕は念入りに縛られていた。魔女相手なら当然の沙汰なのだとわかっていても、指一本も動かせないのは地味に嫌だ。


「マスター!? なんですか、僕のマスターに何をするんですかっ!」


 私が止めるより早く、ルイスの右手に光が集まってくる。え、なにこれ、こんなことができる《ドール》なんて聞いたことがない。魔力だ……魔力を光にして放とうとしている。恐らく、ルイスを動かすために満たしておいた魔力の一部を引き出してる、のだろうか。《ドール》には武器を扱える者もいるけれど、魔力そのもので攻撃しようとしたなんて初耳だ。ルイスに余剰の魔力なんてない。あれは、あの子を動かす魔力の一部のはずだ。というか、《裁きの魔女》相手に逆らうなんてしちゃいけないのに!


「だめよ、ルイス! 今すぐそれをやめて!」


「っく、う……はい、マスター……」


 魔女達がルイスを攻撃目標にしようとする前に、なんとかルイスに攻撃しないよう命令する。魔力はルイスの手から光と共に霧散し、苦しそうな顔をしたルイスの右手がだらりと垂れ下がった。内部の魔法糸が壊れたのか、ぷつっと音を立てて右手がいつくかのパーツに分かれて落ちる。


「《裁きの魔女》の姉様方、抵抗はいたしません! どうか手荒い拘束だけはご勘弁を―――きゃっ!」


 今度はレース編みのブレードが飛んできて、私の口と目の大半を塞いだ。《裁きの魔女》は魔女の中で唯一、対人戦闘を専門とした魔女達。同族を傷つけることが許されている魔女であり、掟破りを裁くのも仕事だった。自分の行動を思い返しても、彼女達に拘束されるようなことをした覚えが思い出せない。


『魔女は、その美の追求において、美のために誰かを傷つけてはいけない』


 美の探求のために人間としてのすべてを放り捨ててきた魔女達が、人間と生きていくために必要な最大の掟だ。この掟があること、魔女達がこれを守っているということを周知しなくては、魔女達は人間の中で生きていけなかっただろう。事実、この掟がなかった古代魔女の頃は、魔女と人間の間で揉め事も多かったという。

 ルイスは魔女の一人にリボンで拘束され、落ちた右手のパーツも回収されていた。私に近づいてきた魔女の一人が、私のペンダントを掴む。


「またか……リボン刺繍の二等級魔女アルミラの弟子、クロスステッチの四等級魔女。貴女を拘束させてもらう」


「罪状は、罪人の処刑への関与の疑惑。そして今、《ドール》の違法改造も加えさせてもらった」


 「また」? 《裁きの魔女》に会ったことなんてないはずない、って言いたいのに、残念ながら声を出すことができない。もしかしたら、プライベートで会ったことのある魔女なのだろうか。

 《裁きの魔女》に任命された彼女達はみな、仕事中は同じ声で話す。顔もわからない。彼女達のローブに身元を隠す魔法がある、というお師匠様の話を思い出した。知り合いだったら助けてくれないかと思ったけれど、そんなことをするような魔女なら《裁きの魔女》にはならないということか、私は大人しく拘束されるしかなかった。


(あ、キュルトとリズにお別れを言いそびれたな)

 

 ほんの数日会わなかっただけのつもりなのに、ぐっと成長してしまうのが子供だから。ちょっとだけ寂しさを感じながら、私は《裁きの魔女》の一人に薄く肌触りのいい布を被せられた。


「む、ふ、う」


 体がふわりと浮き上がる。箒なしで飛んだことがないから、ものすごく怖い。ルイスは魔女の誰かが連れて行ってくれたのだろうか。そう思いながら、私はとにかく魔女達に引っ張られていくしかなかった。どこに行くのかも、わからないまま。

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