第31話 クロスステッチの魔女、裁判場に立つ

 しばらく文字通り地に足のつかない感覚の中、紐で引かれるままに空を飛んでどれほど経ったのか。肌に触れる風が冷たくなってきたのは、北に向かっているからなのか陽が落ちて来たのか、それもわからないままだった。途中まで少しだけレースの隙間から景色が見えていたのも、《裁きの魔女》にバレてもう一巻きされ、今は何も見えない暗闇の中にいる。


 着地したときは、うまく地面を足が捉えてくれずにたたらを踏んだところをぐいとレースブレードで引っ張り上げられた。どこかもわからない場所を引かれるままに歩き、引いていく動きが止まったから止まる。


「罪人の疑いのある者を連行しました」


「そうか。違法改造の疑いがある《ドール》は?」


「こちらに。右腕は魔力暴走を意図的に起こして自壊しています」


「わかった。《ドール》の方は私が徹底的に調べるから、魔女はあなたが調べて」


 《裁きの魔女》達の会話が私の頭の上を飛び交い、私の首にチョーカーか何かが巻かれた感触があった。代わりに目隠しと轡になっていたレースブレードが外されて、やっと口を利く自由と物を見る目が復活する。

 私は今、建物の中にいて、私にチョーカーを巻いたのは《裁きの魔女》の一人らしい、顔が見えないローブ姿の魔女だった。彼女の後ろには大きな垂れ幕があって、《裁きの魔女》達のシンボルマーク《糸巻を断ち切ろうとする鋏》が掲げられている。顔の見えなくなるローブをしていない、普通の魔女も何人か私の視界を横切っていた。

 私は大きな部屋に引き立てられる。そこには5人の顔の見えない魔女がいて、私を連れて来た魔女達と合わせて顔の見えない魔女が総勢12人になる。《裁きの魔女》の定員は12人だと聞いていたから、つまり、全員が集合しているということだ。そんな大事になると思ってなくて、緊張が私の背筋を伸ばさせる。右側に4人、左側に4人、正面に4人が座り、正面中央にいる一番大きな椅子に座った魔女が右手を上げた。


「クロスステッチの四等級魔女、あなたは真実を話すことを誓いますか?」


「はい、誓います」


 裁かれる経験なんて初めてだったから、声が一瞬裏返ってしまった。笑われもしないが、反応もない。顔が見えず表情もわからない12人に囲まれているのは、結構怖いものだった。


「リボン刺繡の二等級魔女アルミラの弟子、クロスステッチの四等級魔女、」


 裁判長らしい魔女が私に呼びかけた言葉に、私は固まることになる。



 《裁きの魔女》12人に囲まれた時よりももっと、魂の底を掴まれたような恐れがあった。魔女になってから、誰にも名前を言ったことはない。名前がわかってしまえば、呪うのは簡単なことだ。だから未熟な四等級と五等級の魔女は、名前を伏せて生きるのだ。三等級魔女試験は、真名を開示しても問題が起きないだけの魔力がないと合格できない。


「わ、私は四等級です。それでも、名乗らないといけませんか?」


 声が震えていた。お師匠様に聞かされた、真名を隠す掟ができる前の未熟な魔女達に起きた数々の怪談話が蘇る。真名を奪われ、名無しの亡霊にされた魔女。真名を握られ、呪いをかけられた魔女。だから、三等級魔女試験に合格するまでは名前を名乗ってはいけないと言われて、私は元々あまり好きではなかった名前を喜んで伏せていた。


「名乗りなさい、クロスステッチの四等級魔女。我々は《裁きの魔女》、聞いた真名を悪用しないと糸紡ぎの大魔女ターリア様の名前に誓っている」


 確かに、裁判で聞いた情報を悪用するような魔女ならこの場にいないのだろう。今まで20年かけて、人生の半分に敷かれてきた禁を破って、なんとか口を開いた。



「私は、クロスステッチの四等級魔女キーラ……キーラと、申します」



 久しぶりに口にした自分の名前は、ひどく震えていた。

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