第28話 クロスステッチの魔女、応報を見る(※残酷描写あり)
次の日、私は都の外れにある処刑場にいた。ルイスに見せるものではないと思っていたのだけれど、どうしてもついてきたかわいい《ドール》を傍らに。処刑場には人がごった返していて、魔女が《ドール》と混ざっていても無遠慮に見られることはなかった。皆、いきなり処刑場に引きずり出された罪人のことに興味津々なのだ。
「昨日の宴で、輿入れしてきたお姫様が偽者だってわかったんだって……」
「陛下が、彼女自身の決めた刑で裁くと決められたらしい」
「その結果が、あれ? あの馬はなんとなくわかるけど、樽……?」
人々のざわめきを聞きながら、不安そうに私を見るルイスをはぐれないように抱える。リズと入れ替わってた侍女よ、と囁くと、ある程度納得はした顔になった。
彼女は麻の粗末な服を一枚着たきりの姿に裸足で、長い金髪に青い瞳、白い肌という特徴はリズと似ていた。けれど色合いがくすんでいるように見えるのは、彼女が姫君ではないからなのか、疲れているからなのか、あるいは―――魔法がかかっているからか。彼女には魔法が絡みついていた。何か彼女の根幹に魔法がかけられていて、それが今は中途半端に剥がれている。ただ、完全には取れていないようだった。
(昨日受け取った魔法は、きっとこれを破るためのものなのね)
けれど、まだ条件が足りていない。人に囲まれた中では、彼女に近づくこともできない。彼女はひどく静かな目をしたまま、黙って処刑を受け入れているようだった。罪状が読み上げられる。
アーユルエアの国から輿入れしてきたリーゼロッテ姫へ、危害を加えた罪。
身分を詐称し、自らがリーゼロッテ姫と名乗ってサリルネイアを混乱させた罪。
本物のリーゼロッテ姫を鵞鳥番にさせた罪。
処刑場にはサリルネイアの王族がいて、リズ……リーゼロッテ姫はいないようだった。兵士によって樽の蓋が開かれると、その中がやけに光っている。あれは、釘だ。釘がうちつけられているのだ。
「この罪人は昨夜の宴にて、自らの裁きを自らで決めた! それをサリルネイアの太陽たる国王陛下が聞き届け、その通りにしたのがこの樽である!」
彼女は魔法で言葉と思考を奪われているのか、それともただ裁きを受け入れているのか、私にはわからなかった。だから、処刑を止めていいのかわからないまま、侍女は樽に詰め込まれた。多分、あれだけで痛いはずだ。見物に来ている群衆たちは、あまりに物静かな罪人がつまらないのか帰る者もいた。おかげで見やすくなるが、ルイスは微かに震えていたので私の方に抱き寄せて処刑を見えないようにする。
「馬を放てー!」
執行人の言葉と共に馬に鞭を入れる鋭い音がして、馬が処刑場から郊外に走り抜けていく音がする。その後には、血の轍がついていた。
「ルイス、私は今からあの馬を追いかけるんだけど、しんどいなら宿に戻ってる?」
「い、いえ……マスターと、一緒がいい、です」
きゅ、と服を掴んでくるルイスが血を見ないように抱えてやりながら、私は轍を追いかける。魔女がそんなことをしても、興味を持つ人はいなかった。
***
どうしてでしょう。
どうしてでしょう。
本当に、どうしてなんでしょう。
あたしは、こんなことを望んだのでしょうか。
あたしは、リーゼロッテ姫が羨ましかった。でも、死なせようとか、成り代わろうとか、本当に望んだんでしょうか。
もう、わかりません。ふわふわした感覚のまま、私は死に向かっていくのです。
己の名前も忘れ果てたまま。
***
私が轍の行きつく先についた時、そこにはすでに誰かがいた。血まみれの樽を開ける女は、間違ってもさっきまで処刑場にいた兵士たちではない。女は血だまりに布と糸を浸し、その手に侍女だった彼女の金髪を絡めた姿で振り返って私を見た。
「おや、そのペンダント、魔女かい」
「……そういうあんたも、魔法の気配がする」
女は真っ赤な髪に真っ赤な瞳をしていて、肩を出した珍しい形の黒い服を着ていた。服には赤い糸で、紋章のようなものが刺繍されている。蛇……違う、《鋏に絡みついた蛇》だろうか。その首に魔女の証たるガラスのペンダントはなく、真っ白い首に一回り、黒い糸のようなものを巻いているように見える。彼女は私を見てにまっと笑うと、「必要なものはもう取れた」と言って姿を消してしまった。
「何、あれ……」
私はこの時、この女を止めるべきだった。でも、この時の私は、何も知らなかった。
血溜まりに沈み、死にそうな姿でまだ死ねてない彼女の方に意識を向ける。微かに、何かを呟いているのが聞こえてきた。
「ラウラ……レーア……レオニー……リーゼ……ライラ……」
ぶつぶつと呟くのは、いくつもの名前。それを聞いて、どうしていいのかわかった。
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