第27話 クロスステッチの魔女、魔法を受け取る
その日、私はキュルトと鵞鳥の羽を集める横でいくつかの素材を採取していた。直感が、この後必要になると囁いてきたものを拾い集める。
「とんがり帽子の先端がムズムズする……」
「マスター? どうしたんですか?」
きょとんと首を傾げるルイスに「なんでもないよ」と手を振って、魔法の手袋をした手で草を摘む。明るい陽光を浴びた白百合を一輪摘んで、その白から糸を一巻き紡ぐ。無垢な子供の素直さをひと匙、こっそり掬い取って小瓶に入れる。魔女の砂糖菓子をいくつか砕いて、一番白くて綺麗なところを集める。ルイスとキュルトの視線を感じながらも、私は半ば夢見心地に似た状態で品物を揃える手を止めなかった。止められなかった。
「なにかまほうをかけるのかな。ルイスはしってる?」
「いえ、僕もマスターのお側にいるようになってあんまり経ってないんです。魔法だとは思いますが、どんな魔法をかけるつもりなのかはわかりません」
二人がこそこそと話しているのも、耳に入るようで入っていない。何かに呼び寄せられるような気がして、気づいたら私は小川の畔にいた。
どこから流れてきているかもわからない、美しい小川だった。ここに何か、魔法に必要なものがある。この近くにある。それを見出さなくては、魔法は完成しない。私は形のない導きを求めてふらふらと岸辺を歩いていたが、ふと、足が止まった。茂みの中に、何かがある。
「これだ……!」
古い魔法の気配。必要な最後のピース……私の独力だけでは成し得ない魔法に手をかけるなら、必要なのは力ある魔女に作られたモノ。
それは、うっすらと赤黒いシミの輪をつけたハンカチだった。白く染めた糸に、うっすらと金色が混ざっている。緻密な織り目自体が魔力を帯びていて、護りの力を持っている。血が洗い流され、護りの対象を見失ってはいるが、利用可能な魔力を持っていた。
縁を銀の糸でかがられたハンカチ、リズことリーゼロッテ姫の手から失われた《血の護り》のハンカチを拾い上げて、綺麗な石を重石にして日に晒し乾かす。帳面にこの後必要なことを書き付けて、一通り出し切ったところで私はほうとため息をついた。やっと、体が自分の思うように戻ってきた感覚がある。
(今のは、魔女が受けるという天啓……でも、そういうのはもっと上の等級の魔女が受けるはずじゃないの?)
魔女が新しい魔法を引き出す時、大きく分けて二つのパターンがある、とお師匠様の声が蘇った。たまたま作った作品に魔力を通してみたら、違う魔法が引き出されたもの。一目間違えなどが直されず、違うカタチになり、違う奇跡に紐づいたモノ。例えば《砂糖菓子作り》の間違いから生まれたのが《パン作り》の魔法で、だからこれらの魔法には同じモチーフのある箇所がある。
もう一つが、今の私に起きた事象……天啓だ。世界の理の一部に魔女が触れた時、その魔女が必要としている魔法が引き出される。その導きのままに手を動かしていけば、新しい魔法を見出せるというわけだ。私はまだ四等級で、そこまで必要な魔法のことを考えていたわけでもないのに、魔法を引き出してしまった。少し頭がぼんやりするのは、そのせいだろうか。
「マスター……マスター? キュルトがお昼にしようって言ってます。今夜は宴があるからお弁当が豪華だって……マスター、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫……」
私はクロスステッチの四等級魔女。名前を伏せないといけない弱い魔女。お師匠様はリボン刺繍の二等級魔女アルミラ、《ドール》はルイス。過去を思い返しながら、ガラスのペンダントに触れる。私の始まり、私の
理に触れてほつれた自分を修繕しながら、呼びにきたルイスについてキュルトのところに行った。魔法で作った平民パンとキュルトの弁当の薄いワインを分け合ってると、キュルトが「きょうあつめてたのはどんなまほうになるの?」と興味津々な顔で聞いていた。
「リズのためになる魔法よ。川でリズのハンカチも見つけたから、あれを乾かしたら魔法が作れるわ」
何の魔法かは、無意識に書き付けた説明だけでは私にもわからない。でも、これがリズと私に必要な魔法だという感覚だけはあった。
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