第23話 クロスステッチの魔女、悪だくみする

「キュルト、ちょっと鵞鳥の羽を集めてきてくれる? もうすぐ日が暮れるから、戻り支度をしながらでいいから。持ってきてくれたら、お駄賃に砂糖菓子をいくつか作ってあげる」


「ほんと!? やくそくだよ!」


「ルイスもついて行ってあげて」


「はい、マスター」


 パタパタと走り去ったキュルトと飛んでいったルイスを見送り、「さて」と私はリズに向き直った。サリルネイアの問題にそこまで首を突っ込む気はない。ないけれど、リズの抱えている「もつれた糸」は……できれば、解きほぐしてやりたい。魔女の契約をしていなくても、ある程度不思議の力が使える存在—――魔法使いであるリズにとって、心の重荷は不思議の力を鈍らせ、暴走させる危険性を孕んでいるから。


(あんなことを、また起こしてはいけない)


 感傷を振り払って、リズにかける言葉を探す。これが長く生きた魔女達ならば、適切な言葉をかけられたのだろう。けれど私の経験も辞書も語彙も未熟で、結局、どうかと思うほどの単刀直入な言い方しかできなかった。


「リズ、あなた、本当はどこかのお姫様でしょう? 《血の護り》の魔法はとても古い気配があった。ハンカチがなくても、名残が残っているもの。《血の護り》は魔法とはいえ、形としてはただの布やハンカチ。役目を果たせば失せてもしまうし、古いものを受け継ぎ続けるのであれば相応の身分の者でなければ難しい。転居や結婚、死別、事故、火事、災害……形あるものを失くしてしまう、見失ってしまう出来事は沢山あるから。それでも持ち続けられるということは、名のある一族ということ。それに話し方や笑い方が、明らかにちゃんとした教育を受けた者のものだからね」


 キュルトは違和感程度にしかとらえられてないようだったが、それは王侯貴族と接するようなことがなかったからだろう。そう思いながら聞くと、リズは不安そうな顔をした。話していいか、悩んでいるんだろうか。


「安心なさいな。昔から言うでしょう、【魔女は身分の外にある】って。魔女はあらゆる国と身分とは関係のないところにいるから、困ったことを相談してみてもいいわよ。まあ、私はまだ40年くらいしか生きてないけど、話を聞くだけならできるから」


「よ、40……!?」


「15で魔女になって、20歳の頃に成長が止まって、ずっとそのまま」


 魔女の中では若い方だと思う。まあ、四等級試験にはもっと早く合格してしかるべきだったとはよく言われたけれど……。


「さあ、話してみて。キュルトもルイスも、しばらくは戻ってこないわ」


 リズはこくりと頷いて、恐る恐ると言った口調で話し始めた。


 自分の名前が、本当はリーゼロッテであること。サリルネイアに輿入れしてきた、アーユルエアの国の姫であること。輿入れについてきた侍女がお守りのハンカチを失った後に裏切り、自分が「リーゼロッテ姫」としてにお城に入ったこと。自分は「リーゼロッテ姫の侍女」として、お城の鵞鳥番を命じられたこと。輿入れの際に一緒に来た、喋る馬のファラダは殺されてしまったこと。髪を編み直す時に金髪をキュルトが掴もうとしたから、咄嗟に歌ったらその通りに帽子が飛んで行ってしまったこと……。


「なるほど、やっぱりリズはお姫様なのね。元の身分に戻りたいと思う? それとも、思い切って魔女になったり、鵞鳥番として生きていきたいと思う?」


「私が、サリルネイアとアーユルエアの友好の架け橋になれとお母様に言われたんです。元の身分に、戻りたいです」


「よし、じゃあ悪だくみをしないとね」


 話が終わった頃、ちょうどいいタイミングでキュルトとルイスが鵞鳥の羽を持ってきてくれた。真っ白い羽根は地面に落ちていたけれど、まだあまり汚れていない。鵞鳥がそこそこいたから、子供と《ドール》だけでもそれなりの量があった。


「ありがとう、二人とも。はい、お駄賃」


 羽をもらってから、砂糖菓子を渡す。


「今リズに聞いたんだけど、キュルトはお城の鵞鳥番なんだって?」


「うん! リズがこうはいなの!」


「ちょっとリズと相談していてね、この悪だくみにはキュルトの力が必要なんだけれど」


 二人はこのままサリルネイアの都にあるお城に、鵞鳥を連れて戻るのだという。その後にやってほしい悪だくみをキュルトの耳に囁きながら、私はサリルネイアのどこかに宿を取ろうと決めていた。

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