第22話 クロスステッチの魔女、魔女に会う?

「あなたが、リズ?」


 私が問いかけると、彼女は俯いたまま首を縦に振った。まだ、15歳くらいだろうか。魔女であれば私と同じように、首からガラスの首飾りをしているはずだが、それはなさそうだ。これは魔女の身分証明であり、契約の一ウィッチワークを収めた絶対に手放せないものだから。


(魔法の気配はするけど、この子自身は魔女じゃない。素質はあっても、まだ)


 体には魔法の欠片の気配がある。魔法のかかった品物を持っているか、持っていたのだろう。古い魔法と、少しの血の匂い。うん、やっぱりただの少女ではなさそう。


「私はクロスステッチの四等級魔女。こっちは、《ドール》のルイス。私達、ここには鵞鳥の羽を集めに来たの」


 羽を?と2人が聞き返したので、他の魔女の頼みで彼女が使う羽を集めてたと簡単に事情を話した。エレンベルクから、うっかり国境を超えてしまったことも。


「ふふ、魔女様でもそんなことが」


「空には国境も門もないからね」


 柔らかく笑うリズは、多分、元の血筋や育ちがいいのだろう。口元を抑えて、控えめに笑っていた。


「まほう、みせて! ぼうしがとばされないやつで!」


 キュルトがねだってくるから、私は簡単な魔法にしてやることにした。カバンから《砂糖菓子作り》の魔法を刺した布巾を出すと、魔力を通す。刺繍の上にころころと現れた砂糖菓子に、2人は目を輝かせた。


「これ、もしかしておかし!?」


「食べていいわよ」


 すぐに掴んで食べたキュルトが、「おいしい!!」と全身で喜びを表現している。その横では上品に砂糖菓子を摘んだリズが「魔女の砂糖菓子……」と呟いていた。


「リズ、もしかして食べたことあるの?」


「その……一度だけ、家族がもらったというのを分けてもらったことが」


 うーん、この隠し事をしてます感。ルイスは気づいてなさそうで、砂糖菓子を食べたそうにしていた。ルイスも食べていいわよ、と言うと嬉しそうに口にしている。魔力の消耗が他の《ドール》より大きいかもしれない、と言っていたお師匠様の話を思い出した。私に遠慮せず食べて、魔力を補っててほしいなぁ。


「リズ、ところであなた……何か魔法のかかってた品物を、持ってたことがあるでしょう。お守りとか」


 この辺に、と自分の胸元に触れながら言うと、彼女は「あ、お母様がお守りのハンカチを……」と漏らした。


「サリルネイアに来る時、お母様が別れ際にくれました。血を三滴流して、それを染み込ませたハンカチです」


 あ、これは。私にもわかる魔法だ。同時にリズの正体を朧げに察してしまえた。ルイスは私の肩のあたりに飛んできて、「どうしたんです?」と囁いて首を傾げる。


「《血の護り》の魔法……リズとその母親は、魔女の子孫ね。お師匠様に聞いたことがあるわ。織物の魔女が自らの子孫のために、己の髪を混ぜて織った布。そこに母が三滴の血を流して子供に持たせると、お守りになるって」


 今持ってる?と聞くと、彼女は悲しげにふるふると首を横に振った。魔法のハンカチを失ったのであれば、それはきっと役目を果たしきった時。


「なんかすごいね。リズとおかあさんはまじょなの?」


「いいえ、おばあちゃんのおばあちゃんのおばあちゃんが魔女だったのよ。魔女になるための約束をしてなくても、時々、魔法が使える人がいるの。リズはきっとそれね」


 魔女になる契約をする前から、簡単な魔法が使えるのならそれは才能の現れだ。だけど、私の話を聞いているリズは何かを考え込んでいるようで。


 この子が魔女になることはないだろう、と、私は直感でそう思った。

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