2章 クロスステッチの魔女と鵞鳥番の娘

第21話 クロスステッチの魔女、鵞鳥番に会う

 認めよう、私は浮かれていたと。苦手意識があってあまり使わないで来た、《探し》の魔法がちゃんと発動して、鵞鳥の羽を集めることができたのだ。楽しそうに空を飛び、抜け落ちた羽を集めてくるルイスもかわいかった。しっかりと認めよう。愚かなことをした、と。


「マスター、もうすぐ夕方ですね。ほら、空の端っこが橙色になろうとしてます。きっと、あれが見えるのは僕達と鳥くらいですよ」


「そうね、ルイス。次の場所で羽を拾ったら、今日はここまでにしよっか……《探せ》」


 これまで私の魔法は、野生の鵞鳥の群れを示してきていた。地面に羽を拾うだけなら、彼女達も大人しかった。人間が鵞鳥を飼うこともあるけれど、抜け羽なんてこまめに掃除してしまう。だから、私の魔法に引っかからなかったのだろう。

 結論から言うと。魔法の蝶に鵞鳥の元へ案内させていた私の顔面に、小さなルイスを飛び越して、風と共に小さな布が飛んできてぶつかった。


「ぶっ……!?」


「マスター!?」


「大丈夫、ちょっと何かがぶつかっただけ……帽子?」


 なんとか片手を伸ばして布を顔から剥がすと、それは粗末な麻織の帽子だった。大きさから見て、まだ小さい子供のものだ。


「ルイス、これ持ってて」


 片手を放して箒を使えるほど器用ではない私は、すぐにそれをルイスに持たせて、いったん地面に降りることにした。下を見ると、子供がこちらに走ってきている。あの子が帽子の持ち主なら返してあげたかった。

 なるべく余裕ぶった顔をして地面に降りると、走ってきている子供が「ぼくのー! それぼくのー!」と叫んでいるのが聞こえる。返事の代わりに帽子をひらひら振って、私の方も子供の方に近づいてあげることにした。ルイスは早速、魔法の上着で空を飛んで私の目の合う高さにいる。


「はあっ、はぁ……けほ……それ、ぼくのっ……また、とばされて……っ」


「取り上げないから、ゆっくり息を整えてからお話し」


 しばらく息を整えてる間に、その子のことを観察する。4歳か5歳くらいの、痩せっぽっちな体。生成りのシャツに鼠色のズボンはどちらも麻のごわついた質感が見えて、膝には穴を有り物の布で塞いだ跡。少し大きめの古い靴も、子供が平民であることを示していた。手には、彼の背丈くらいの木の杖が握られている。羊飼いか何か……あ、違う。


「きみ、鵞鳥番?」


「!! どうしてわかったの? まじょだから?」


「魔法に使うために、鵞鳥の羽を集めていたの。そしたら、きみに会ったから」


 子供はこくこくと頷き、私とルイスに目を向けた……興味と恐れ、恐れが少し多めの顔で。私が暮らすエレンベルクの国は魔女が多いから、こういう顔をする人はあまりいない。


「おかあさんがいってたんだ。まじょはまほうのおにんぎょうといっしょで、そらをとんで、まほうがつかえるって」


「そうね、私は魔女よ」


「ぼくのぼうしをとばしたのはね、あのわるいまじょのせいなの。たすけて!」


「悪い魔女、ですか……?」


 ルイスが呟いたのに子供はひどく驚いた顔をしたが、こくこくと頷いてみせた。悪い魔女、悪い魔女か……魔女として放置はできない。魔女と人間の共存を崩したら、狩られるのは数の少ない魔女の方だから。


「エレンベルクに悪い魔女がいるだなんて。なんとかしないとね」


 と言っても、未熟な私にはあんまり大したことはできないかもだけど。そう思いながら言った言葉に、子供は不思議そうに首を傾げた。


「まじょさま、エレンベルクはおとなりだよ?」


「え、じゃあここって……」


「サリルネイアのくに! ぼくはおしろのがちょうばんの、キュルト!」


 ふらふら飛んでる間に、国境を超えてしまっていたらしい。後で怒られる……と思っている私の様子に構わず、キュルトと名乗った子供は私をぐいぐいと『悪い魔女』の元へ引っ張っていった。幸か不幸か、《探し》の魔法の蝶が示す方角も同じだった。


「リズ! リーズー!」


 キュルトが私を引っ張っていった方角には、沢山の鵞鳥と1人の少女がいた。布の中に髪をすべてしまい込み、やけに白い肌と、青い目の少女。粗末な麻織の服に杖を持っているより、相応しい姿が別にありそうな少女。リズという名前も、偽名か、長い名前を切り取ったような響きで……魔女のようには、見えなかった。

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