第20話 クロスステッチの魔女、二人で空を飛ぶ
「グレイシアお姉様、素敵な服をありがとうございました」
「いいのよ。妹弟子だし、同じ少年型の《ドール》マスターだもの」
ルイスがスノウと《ドール》同士で空を飛ぶ練習をしている様子を微笑ましく思いながら、私はグレイシアお姉様と紅茶を片手にクッションカバーに刺繍をしていた。クロスステッチ刺繍用の目の粗い布を、お姉様がスノウ用に使っているというクッションを同じか少し大きめに切る。一応持ち歩いていた大きさの布で作れそうで、本当に良かった。
「ここの模様が、対象の保護。だから必須。で、こっちは魔法効果のない、ただの雪の結晶。真似はしなくてもいいわね。まずは必要な部分だけ刺してみて」
「はい、お姉様」
コスモスで染めた淡いピンクの糸を取って、ちくちくと刺繍を刺していく。丸い円と、その中央に六芒星。座った者をクッションに絡めて落とさないように、蔓の模様を円の周りに配置する。幸い、あまり時間のかかる図案ではなかった。箒にくくりつけるためにリボンをつけてから、ふわふわの綿を詰めてコの字かがりで閉じる。
「ルイスー、飛べるようになった?」
「はい、マスター! 転ばないようになりました!」
ふわふわと飛んできたルイスを受け止めてやりつつ、出来上がったクッションに座ってみるようルイスを促した。「《保護》」と呟くと、柔らかい魔法の蔓が出てきてルイスの腰をクッションにくっつける。
「わ」
「グレイシアお姉様、ちょっとこのクッションを飛ばしてもらえますか?」
「いいわよ」
グレイシアお姉様の魔法でルイスのクッションが浮かび、ふわふわと魔女組合の中を飛び始めた。魔女の何人かがこちらに目を向け、あれは何をやっているんだろうとばかりに指を指す。とはいえ、大体の魔女は自分の話や作業に夢中だったし、私たちも同じようなものだった。
旋回、加速、減速、上昇、下降……箒でするような動きをしてもらい、ルイスが落ちないことを確認した。私の側に戻ってきたルイスに「平気?」と聞くと、「はい!」と元気よく頷かれた。元気になってくれて本当に良かった。
「これで大丈夫そうね。よっぽど馬鹿な乗り方をしない限り落ちないだろうし、落ちてもこのジャケットなら飛べるしね」
「何から何まで、ありがとうございます。このお礼は、いずれさせてもらいますね」
グレイシアお姉様は「いいわよ別に」と言いながら、手をひらひらと振った。
「これでルイスと一緒に空を飛んで、鵞鳥の羽を集めに行けます」
「あれ、受けたんだ……量が膨大な上に、複数貼り出されてる羽あつめ……」
グース糸の魔女ガブリエラは、どれだけ羽が必要なんだろう。グース糸の布は確かにとても暖かくて、最近、人間にも売れているという。きっと、いくつあっても足りないというやつなのだ。
「グース糸の二等級魔女ガブリエラは、一等級に近い二等級ね。まだ若いから、後は年齢とか弟子とかの規定を満たせたらすぐ一等級になるっていう魔女なの。失礼のないようにね」
「え、じゃあマスターピースは」
「グース糸でふわふわのお布団は、審査担当の魔女達を一瞬でトリコにしたそうよ……個人的な注文も入ったとか……」
想像しただけでもすごそうだ。お師匠様は一等級に興味がないから出してないと言ってたけど、
「頑張って、良い羽根を拾ってきます」
「去年に少し手伝ったんだけど、よっぽどのものでもない限り質より量だって。頑張ってね」
「いってきます!」
「スノウ、ありがとうございました」
「マスターをしっかり守るんですよ。彼女、ちょっとそそっかしいので」
「もう!」
グレイシアお姉様とスノウと別れて、今日はさっそく外に出て羽を拾いに行くことにした。生きている鵞鳥の羽を引っこ抜くのはかわいそうだから、抜けた羽を分けてもらうか拾えたら一番だ。箒の先端にルイスのクッションをくくりつけて、彼の指定席を作る。
「乗ってルイス」
「はい。マスター、どうやって探すんです?」
「さっきうまく行ったから、魔法でまた探してみようかなって」
ヒマワリ色のビロードのリボンを出してきて、今度は《場所探し》の魔法なので青い糸で刺繍を刺していく。
「条件……《鵞鳥の抜け羽の沢山ある場所》……《箒で1日以内》……っと」
息を吹き込んで魔力を通すと、ひとりでにリボンが伸びて鳥のような形になった。また手綱代わりのリボンをくくりつけ、ルイスをクッションに載せ、箒をゆっくりと浮かせる。
「わあ……!」
木より高く上がっただけで、ルイスが嬉しそうな声を上げた。そっか、ちゃんと余裕をもって空を飛ぶの、ルイスは初めてなんだ。
「どう? 空は、楽しい?」
「はい、とっても楽しいです! ありがとうございます、マスター!」
「じゃあ、鵞鳥の羽のあるところまで飛ぶからね。捕まっててね」
そう言って、空の景色を楽しむために、少しゆっくりと飛ぶことにした。
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