第18話 クロスステッチの魔女、姉弟子と語らう

「グレイシアお姉様、またすごい恰好をされてますね……?」


 私の姉弟子、リボン刺繍の二等級魔女グレイシアお姉様。最後に会った時、私はまだお師匠様の家で修行中だった。あの時はシンプルなワンピース一枚だったお姉様は、今は男の人のようにズボンを履いていた。少年型の《ドール》が好きな人だとは思っていたけれど、とうとう自分がそういう服装になるところまで来たようだ。少年型の《ドール》が着る用の服や靴を並べた机の向こうから、お姉様自身の《ドール》を残してふわりと飛んでくる間に服がよく見えた。

 無理に胸を潰して男物を着ているわけではないようで、白いブラウスと男物の形のジャケットにはしっかりと胸の分のダーツが取ってある。タイはつけていないが、その代わり首から二等級魔女のペンダントをつけていた。深い緑のジャケットにズボンは、短い緑がかった銀色の髪に似合っている。薄い赤の瞳は、今日も猛禽のように鋭かった。


「これ? 作ったの。それよりクロスステッチの魔女、あなたの《ドール》を見せてくれる? 名前と等級は? このこと、お師匠様は知ってるの? どこの工房?」


 矢継ぎ早に質問をするものだから、ルイスは驚いて私の背後に隠れようとしていた。私の《ドール》がかわいい。グレイシアお姉様の後ろでは、彼女の《ドール》であるルイスと同じくらいの少年が「うちのマスターがごめんなさい」と言うかのように苦笑いをしていた。


「この子はルイス、青核サファイア半月級で、どこの工房かはわかりません。魔法糸が緩んでて体が動かなかったからお師匠様に泣きついて直してもらってて、お説教ももうされました」


 《ドール》達に聞かせたい話ではないから、と、彼らを《ドール》の部屋に行かせた後に、それはもうぎっちりと叱られた。

 やむを得ない事情があったにしろなかったにしろ、《名前消し》の魔法があったとしても。誰かが一度所持して名前をつけていたことのある《ドール》は、内面に癖や傷があることがあるということ。だからそういう《ドール》を持つなら、魔法を磨き長く生きた魔女の方が2人目以降として持つことが推奨されてること。師が付きっきりで面倒を見るほどではなくなったとはいえ、まだ未熟な四等級が、最初の《ドール》として迎えるには向いていないこと。その他エトセトラ脱線含むエトセトラ


「それなら私は、全力でルイスを見ていいかしら? 似合いそうな服も譲ってあげるわ」


「ルイスごめん、ちょっとだけグレイシアお姉様に付き合ってあげて……」


「は、はい、マスター……」


 ルイスの声は明らかに怖がっていた。ルイスの名前がついて1日も経ってないのに、酷なことをしている気がする。でも、グレイシアお姉様なら、私の相談にも乗ってくれそうでよかった。ルイスと飛ぶためだと言えば、協力もしてくれるだろう。


「マスター、怖がられてますね」


 くすくすと笑っているグレイシアお姉様の《ドール》、スノウに「ルイスと仲良くしてくれると嬉しいな」と言うと、彼は「もちろん」とどこかの屋敷の従者のように綺麗に一礼してくれた。心の元の人間が、そういう人だったのかもしれない。時折、《ドール》達にはそういう癖が滲む。ルイスもきっと、いつかそういうのを見せてくれるのだろう。


「ルイス、俺はリボン刺繍の二等級魔女グレイシアの《ドール》、黒核オニキス三日月級のスノウです。仲良くしてくれると嬉しいな。あとよかったら、うちのマスターのこともあんまり怖がらないでやってほしい。ダメな人だけど、悪い人ではないから」


 同じ《ドール》に言われて、恐る恐る私の後ろから出てきたルイスがグレイシアお姉様に抱き上げられる。矢継ぎ早に飛んでくる、瞳や魔法糸や服への質問に答えるのが落ち着いたところで、グレイシアお姉様が首を傾げながら聞いていた。


「ところで貴女、苦手な《探し》の魔法を使ってまで、私に何の用があったの? 蝶が金の炎を吹き上げて粉微塵にならなかったあたり、探し人として私を見つけたんでしょう?」


 確かにお姉様の前で《物探し》の魔法に失敗し、探しの対象が多すぎた蝶が金色の炎を吹き上げて粉微塵になって部屋中に飛び散ったことはあった。もう5年は前の話なんだけどなぁ……ちなみにこの時の原因は、条件指定に失敗して探しの対象が多すぎたことだった。


「グレイシアお姉様、私、ルイスと一緒に箒に乗りたいんです。だから、小型の《ドール》と箒に乗る、同じ刺繍の魔女を探してました。受付の魔女さんが、そういう人を見たと言ってましたし」


「なるほど」


 グレイシアお姉様はそう頷くと、「スノウ、こっちまで飛んでおいで」と自分の《ドール》を呼び寄せた。


「はい、マスター」


 そう言って、スノウがふわふわと飛んでくる。魔女ならともかくとして、《ドール》が魔法を使えるのはあまり見る光景ではないから、驚いてしまった。リボン刺繍とレースのついたジャケットから、魔力を感じる。燕の尾のように伸びた後ろ身頃が、風を孕んで気持ちよさそうだ。


「《保護》の魔法のかかったクッションに座らせてて、飛ばす力はこの上着につけているの。クッションなら、クロスステッチの魔女でも作れるでしょう?」


「ええ、それなら作れるわ」


「ジャケットはもうひとつ持ってるの。少年型の《ドール》仲間として、進級祝いも兼ねてプレゼントしてあげるわ」


 そこまでねだるつもりはなかった、どこで手に入れたか聞いて自分で買おうと思ったのに!

 必死にそう説明しても、グレイシアお姉様は最終的に私にジャケットを押し付けてきた。


「こういうのが作れる、立派な魔女になるのよ」


 そう言ったお姉様の顔は何故か、どこか寂しそうで。結局、受け取ってしまったのであった。

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