第17話 クロスステッチの魔女、魔法の蝶を追う

「《ドール》と箒に乗る方法? うーん、うちのエメリアはカバンに入ってる方が好きな子だからなぁ……」


「なるほど、《ドール》と。……私の方法、多分、四等級の魔力じゃやりづらいと思うな。ごめんね?」


「うーん、うちの子は普通に箒に跨がれちゃうからなぁ……でもそんなに小さいと、飛ばされちゃいそうね」


「刺繍の魔女を探してるの? ああ、さっき見かけた人はそれっぽいのいくつか持ってたわよ。あっちに行ったの……ところで、何か見て行ってくれない?」


 魔女の何人かに、同門の刺繍の魔女探しと《ドール》と箒に乗る方法を聞く。これがどちらも難航した。刺繍の魔女はそれなりにいるとはいえ、いざ探すとなると意外と見つからない。《ドール》も大きさは色々だし、小型の《ドール》を連れてる人は基本的に鞄に入れているようだった。


「マスター、人探しの魔法はないんですか?」


「やってみるかぁ……あんまり得意じゃないの」


「僕、マスターの魔法が見てみたいです」


 お師匠様に言われていつも持ち歩いている、素材も色も様々なリボン。その中からヒマワリ色のビロードでできた一本を取り出し、椅子の一つを借りて裁縫箱を出してきた。私もお姉様達のように、腕にピンクッションをつけるのもいいかもしれない。今度作ってみよう。ルイスは私の膝の上に座り、何をしてるか興味津々なようだった。

 宝箱のように大切にしている裁縫箱を開けて、中にある刺繍針から先が少し尖ってるものを選んだ。緑の綿糸を2本取りにして、ちくちくと刺していく。解ける土台がなくても、染み付いた技術は一定の大きさのクロスを作れるようになっていた。


「《人探し》のまじないに……条件の指定は、『刺繍の魔女』、かつ、『小型の《ドール》と箒に乗る人』、で、『この組合の中』……っと」


 最後に魔力を通しながら息を吹き込めば、リボンはひとりでに結ばれていく。丸い前翅と、垂れる先端が後翅になった蝶だった。私の手からぷかりと浮いてどこかに向かおうとするから、咄嗟に出してきた茶色のリボンで離れすぎないように蝶と私の手首を繋ぐ。


「あら、刺繍の一門の《人探し》? 綺麗な蝶じゃない」


「ありがとうございます!」


 蝶がぶつかりかけた魔女にありがたいことを言ってもらい、私はルイスを抱き上げて荷物を急いで片付ける。刺繍をしたモノに導かせるこの魔法、条件をつけるのが下手で私が苦手にしている魔法のひとつだ。


「マスター、この蝶を追いかけるんです?」


「そうね。蝶だし、あまり遠くではないと思うんだけど……」


 もっと遠いと他のものになる。お師匠様が私をこの魔法で見つけてくれた時は、リボンでできたドラゴンに食べられるかと思って結構本気で怯えたものだ。今となっては、随分と懐かしい思い出のひとつである。

 ルイスには、いつかその話をしてあげることにしよう。そう思いながら蝶の導きのまま、私達は《小さな市場》と呼ばれている、抽選に勝った魔女が己の作品を見せたり売ったりする市場の中を歩いていた。《魔女の夜市》より規模も大きさも小さいが、色々な魔女がいるので眺めてるだけでも面白い場所である。

 小瓶に封入された魔法鉱物の店、魔法植物で染めた糸を売る店、綿や魔蚕を魔法で縮小して並べたお店……そろそろ魔蚕は育ててみたいかも。


「あ、マスター、蝶が解けました」


 蝶は魔女の1人の指先に留まり、はらりと解けれリボンに変じる。そして先っぽから金色の炎に飲まれ、私達が彼女の元に着いた時には茶色のリボンだけが残っていた。


「クロスステッチの魔女? こんなところで、我が妹に会えるだなんて。それにしても貴女、相変わらずこの魔法が下手ね。魔法の自壊が早いわよ」


「ひえっ……」


 刺繍の一門の魔女で弟子を取れるのは、お師匠様だけではない。だから話に出ていた刺繍の魔女は、知らない魔女だと思っていた。


「あら、かわいい少年型の《ドール》じゃない! やっぱり《ドール》は少年が一番よ、そうでしょう?」


 そう言ってる彼女は、リボン刺繍の二等級魔女グレイシア。私の、姉弟子だった。

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