第16話 クロスステッチの魔女、魔女組合で仕事を受ける

 魔女組合は蔦の絡んだ、煉瓦造りの大きな建物だ。魔女達が互いに協力してやっていくために、大魔女様が魔法で建てたという伝説がある。事実、いつもここに来ると古くて大きな魔法の気配を感じるので、本当かもしれない。


「ルイス、今出して……ルイス?」


 カバンから出してみたルイスの身体は、カタカタと小刻みに震えていた。瞳はどこか焦点があっていないようだし、心が体の内側で混乱している気配が伝わってくる。どうしよう。もしかして、暗いところが苦手なのかな。嫌な予感がする。そうか、カバンの中は暗くて狭くて閉じられた場所、になるんだ。—――私も、あまり得意じゃないのに。ひどいことをしてしまった。こうなるんだったら、お師匠様のところに行った時のように前にくくりつけておくべきだった。


「ルイス、もう外だよ。大丈夫、大丈夫だからね。ごめんね、暗いところが苦手だったんだね。もうしないからね」


 他の魔女達の邪魔にならないように隅っこに寄って、ぽんぽんと背中を叩いてやりながら声をかける。小さな砂糖菓子を口に入れてやると、もぐもぐ、と小さな口が砂糖菓子を噛み砕く。


「ぅ、あ、……マスター?」


「ごめんね。もう大丈夫だからね」


 目の焦点が合って、私の方を見たルイスの頭を撫でる。やっぱり、一緒に箒に乗れる方法をなんとかして考えないといけない。私にできる方法が見つかるまで、今日はずっとこの組合にいてしまおうか、なんて考えた。ルイスを抱っこしたまま、魔女組合の門をくぐる。


 真っ先に目に入る広間は、色とりどりの糸や布が天井に漂い、魔女達が行き交う場所。あちこちに貼られた紙が魔法で引き寄せられたり、紙でできた鳥が壁に貼りついたりもしている。ずっと聞こえてくるのは、魔女達の絶え間ないおしゃべりだ。長机がいくつも並び、机の上には布と糸と編み物が売られていたり、《ドール》達が座っていたりしている。


「すみませーん、リボン刺繡の二等級魔女アルミラの弟子、クロスステッチの四等級魔女です」


 受付に声をかけると、栗色の髪に淡い緑色の目をした魔女が「あら、クロスステッチの魔女さん」と私に気づいてくれた。前にいくつか、仕事を受けた時にも話してくれた魔女だ。私の抱っこしているルイスにも気づいてくれて、「《ドール》を買ったのね」と言ってくれたのが嬉しい。


「そうなんです。それで、私にできる仕事があったら受けたいんですが」


「四等級魔女に来ている依頼で、あなたにできそうなのだと……『魔綿の糸を2かせ』『ガーネット・ベリーで糸を染めてくる』『まじないのくるみボタンの作成』。あと、」


 ふんふん、と頷く。ベリーはないから、残り2つは受けていいかもしれない。けど、受付の魔女は「急ぎの依頼が1つあってね」と一枚の紙を出してきた。


「『鵞鳥の羽を集めて』……? うわ、数がすごいですね」


「依頼人は、グース糸の二等級魔女ガブリエラ。毎年冬に向けて彼女の糸と布はものすごい需要があるんだけど、今回はちょっと彼女の育てている鵞鳥の数が足りないんだって」


 有名な魔女の名前が出て、「ほへぇ」と間抜けな声が出てしまった。暖かい布になる糸を紡いでくれる有名な魔女で、彼女の紡いだ糸は防寒用の素材として重宝されている。だから秋から冬にかけて、いつも大変に忙しいと聞いていた。夏から準備してるんだ、大変そうだなぁ……。


「これ、どんな鵞鳥の羽がいいとかあるんですか?」


「そこは彼女、腕のいい魔女だからね。鵞鳥であればなんでもいいんだって」


「じゃあ、羽あつめと……魔綿の糸を紡ぐの、やります」


 紙を受け取って、依頼を確認する。糸紡ぎは明日くらいにやれば問題なさそうだった。


「ルイスも羽を集めるの、手伝ってくれる?」


「はい、マスター。僕もお手伝い、します」


「いい子ねぇ。坊や、こっちの台帳に記録しちゃうから、名前と等級を教えてくれる?」


「僕は青核サファイア半月級の、ルイスっていいます」


 ルイスの自己紹介を、受付の彼女はさらさらと記録した。お師匠様にはルイスが本当は証書と違うかもしれないとは言われたけれど、正しいのがわからないんだから、今は青核サファイア半月級と回答させるしかない。


「ルイスと一緒に箒に乗りたいんだけど、いい方法がないかなって思ってて。誰か、そういうのを知っている魔女は知らない?」


「ああ、それだったらあなたと同じ、同門の刺繍の魔女が《ドール》を箒に座らせて飛んできたのを見たわ。まだ組合に居たら、聞いてみるといいんじゃないかしら」


 ありがとう、と言って一礼して、受付を辞する。同門の刺繍の魔女というのを探してみようと、ルイスを抱っこしたまま魔女達のいる方に向かっていくことにした。

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