第14話 修復師の《ドール》、不穏の種を呑む

「ではお師匠様、イース、ステュー。お騒がせしました、今度はゆっくり遊びに来ますね」


「ありがとうございました、マスターのお師匠様とお兄様達」


 お茶もして一息ついたところで、マスターの弟子とその《ドール》は家を出ることにしたようだ。マスターに「別れる前に《ドール》同士で話でもしておいで」と言われたので、歯車の右目をした《ドール》をステューと2体で使っている部屋に案内する。


「すみません、お部屋に入れてもらって……」


「ボクのマスターの望みだし、ボクも呼びたかったのなの!」


「マスターの望みを叶えたい、というのは、《ドール》の本能だよ。それに、来客を招いて恥ずかしい部屋ではないからね」


 魔女同士、《ドール》の目のないところで話しておきたいことがあったのだろう。こういうのは珍しいことではない……大体は、修復される《ドール》やその身内の《ドール》に聞かせられない話をする時だ。魔女の掟では使い魔として道具に近い存在である俺達ドールとその意志のことを、マスターは大切にしてくれる。だから、修復師として人気もあるのだ。

 日当たりのいい南向きのその部屋は、リボン刺繍を施した垂れ幕で2つに区切られていた。俺の方の部屋は、俺に合わせたサイズの家具……机に筆記用具、帳面、豆本、ベッドがある物の少ない場所だ。部屋全体を紺色でまとめてもらってるから、夜になると静かに眠ることができる。ステューのところはぬいぐるみやクッションが多く、本はなかった。ステューの大きさに合う、内容の書かれてる本を作るのは難しいらしい。ステュー自身も、本は俺に読んでもらうのを聞くもの、と思っているようだった。


「すごい、立派な部屋ですね……」


「マスターの弟子、クロスステッチの魔女なら頼めば大体は叶えてくれるだろうね。ずっと、自分の《ドール》が欲しいと言っていたから」


「きっと砂糖菓子みたいに甘いマスターになるの!」


 ルイスの修理中に見せてもらった家具も服も、彼女の稼ぎの中では奮発した方だとわかる。マスターもお祝いと称して多少援助したと聞いていたが、魔女組合の賃仕事の給金をほとんど注ぎ込んでそうだ。「鉄の針を買い替えるくらいなら魔銀の針を買え」という、我がマスターの影響だろうけれど。


「これはなんですか?」


「ああ、これは《ドール》の大きさの本だよ。物好きな細工の魔女がいてね、ちゃんと中身も読めるんだ。貸してあげるよ」


 豆本のひとつに興味を持ったルイスに、軽い思いつきでそれを貸してやることにした。書いてあるのも簡単な童話だから、随分と読んでいない。


「い、いいんですか? すみません、ご迷惑ばかり……」


 本を押し付けると、ルイスはまた謝った。目覚めたばかりの青核サファイア半月級にしては、随分と高等な感情の動きをする。ステューは気づいていないようだが、中古とはいえ名前をつけられたばかりの《ドール》は、もっと単純だ。悲しみの心のカケラを核にしていると言っても、いつも怯えたり悲しんでる《ドール》ができるわけではない。


(マスター達が話してるのは、このことだろうな)


 修復師として沢山のドールを見てきたマスターは、気づいているはずだ。でもマスターがルイスにそれを告げないのだから、俺も顔には出さなかった。


***


「マスター、マスターがお弟子と話されてる間のルイスのことなんですが」


「感情の動きはどうだった?」


「与えられた物を過度に遠慮しています。《名前消し》からの再名付け直後であることを考慮しても、少し妙です」


「イースからも、そう見えるのかい」


「ボクも変だなって思った! まるで、名前をつけられて何年か経った後みたい!」


 マスターの弟子とルイスが、改めて帰った後。マスターにルイスのことを話すと、マスターのお顔に少し苦悩が浮かんだようだった。


「核が大きめの《ドール》で、名付け直後でも複雑な感情の動きをする。その分魔力消費もステューより激しそうだから気をつけろ、とはあの子に言った。証書が偽物の可能性があるから、何が飛び出してくるかわからない、ともね。けど……やっぱり、あれかねぇ」


 俺の心にも浮かぶ、1つの可能性。あまり当たってほしくないが、多分、マスターも同じことを考えてるだろう。


「血に濡れた、虹核オパールの《ドール》……忌まわしい亡霊の、穢れた末っ子、か」


 そう言うマスターは、物憂げな顔をしていた。

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