第13話 クロスステッチの魔女、課題を出される
「そういえば、ここに来る時墜落しかけてたね。刺繍をお見せ」
朝ご飯を食べて一息ついた私は、そう言われてお師匠様に箒から外していた2つのリボンを見せた。片方は、箒を浮かせるための《空中浮遊》の魔法がかかった水色のリボン。もう片方は、《引き寄せ:お師匠様の工房》の魔法がかかった紺色のリボン。《引き寄せ》は、一人暮らしをしてから自分で刺した魔法だ。
私の刺繍を眺めたお師匠様は、「これをよく見るんだよ」と《引き寄せ》のリボンを爪でつついた。
「ほら、ここ。進路指定の部分。下の段から一目ずれないといけない部分が、そのままになってる。で、連鎖で上の部分が全部ずれてて……本当はもっとなだらかな曲線にならないといけないのに、おかしな形になってる」
「うっ」
お師匠様が《浮遊》で持ってきた、どこかへの《引き寄せ》のリボンの同じ部分を比べる。確かにズレていた。本来ならゆっくり着地するはずだった魔法が失敗したのは、このせいだったようだ。
「《パン作り》の魔法も、お師匠様のようにうまく行かなくて……」
「一人暮らしなら、最初はそんなもんだよ。思ってたよりは元気そうで、安心した」
「俺のマスターは弟子に甘いなぁ」
嬉しいことを言ってもらえてパッと顔を上げようとしたところで、「だからね、」とお師匠様は言葉を継ぐ。なんだか少し、嫌な予感がした。
「ちょっと早いけど、これ、やってみようか」
テーブルクロスに施された刺繍のひとつに魔力が通ると、食器が台所へ飛んでいった。私は木皿の一枚も思うようには飛ばせないけれど、さすがはお師匠様。涼しい顔で沢山の食器を台所へ飛ばし、テーブルクロスを《浄化》で綺麗にして、空いたところに《浮遊》で飛ばしてきたものを置いた。
「扉……? えっ、まさか」
縦長の額に収まった、扉の形に刺されたリボン刺繍が1つ。それから、木製の小さな扉が1つだった。今はどこにも繋がっていない、白塗りの扉である。私の肘から指先程度の長さで、丸っこい真鍮のドアノブには、お師匠様の刺繍を施したリボンが結ばれている。
私は青くなった。魔法糸を撚るよりも相当な無茶振り、本来なら二等級魔女試験に出るような難題のはず。《ドール》を動かすための魔法糸作りが
「《虚繋ぎの扉》は無理です、ほんと無理です、魔力全部吸われて消えちゃいますって!」
「馬鹿弟子」
ぺちん、と間抜けな音で額を叩かれた。話についていけず私とお師匠様を交互に見ているルイスに対して、イースとステューは平然としている。さすがに弟子の魔女生命に関わるような無茶振りは止めてくれてた2人だから、彼らが慌てていないなら大丈夫なのだろうか。
「そもそもこれは《虚繋ぎの扉》じゃないよ。あれは『どこにもない扉』を作って好きなところに転移する魔法だが、お前じゃ修行が足りなさすぎる。これは《共鳴の扉》……『実在する扉を作ってそこに跳ぶ』魔法だ。それだってお前が作れるものじゃない。が、そのうち作ってもらうから、そのための練習だよ。ちなみに隣の刺繍は、グレイシアがこないだ二等級魔女試験のために刺したものだ」
「グレイシアお姉様の……」
「マスターの家族なんですか?」
「ううん、姉弟子なの。私の前にお師匠様の弟子になった魔女で、今はお師匠様のように《ドール》の修復工房をやってるはずよ」
魔女の師弟関係は、人間の親子のそれに近い。
ちなみに、グレイシアお姉様が二等級魔女試験に合格したと言う話は、3年くらい前に聞いていた。お師匠様は何百と生きてきた長命の魔女だから、「この間」「ちょっと前」の感覚は私より広い。
「刺繍の方はあたしが作ってあるから、対になるこの扉を持ち帰りなさい。こないだ一人暮らしを許す時に渡そうと思って、ちょっと遅れたけど……まぁ、今日までこっちには来なかったわけだし大丈夫でしょ」
「ありがとうございます」
魔法の《扉》の魔力はお師匠様が持ってくれてるから、私は対になる扉を持ち帰るだけでいいということだ。これで、ルイスに何かあったらすぐに連れて行ける。
「で、課題はこっからなんだけど」
「えっ」
「《共鳴の扉》をそのうち刺してもらうから、図案を作ってくること。この扉をよく観察して、どこに何の色糸を刺すかを書き上げておいで。言っておくけど、白い部分は白い糸を使うんだよ。ズレがあったら扉にならないから、本気でおやり。出来次第、持ってくるように」
それとルイスの椅子のカバーもね、と言われて、私は結局課題から逃げられないとため息をついた。カバーはセンス、図案は観察力の問われる課題だ。私の返事は1つしかない。
「わかりました、お師匠様」
拒否権はなかった。
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