第12話 クロスステッチの魔女、みんなでご飯を食べる

 お師匠様に言われた通りに魔法糸を張り替え、起こしたルイスは元気そうだった。話し方もハキハキしているし、何よりきちんと体が動く。本人の不安な表情も和らぎ、笑顔を見せてくれるようになった。


「クロスステッチの魔女、ルイス。朝一で来たんだから、ご飯を食べてお行き」


「お師匠様が作るんですか……?」


 私はつい怪訝そうに言ってしまった。人間を辞めて魔女になり、お師匠様に拾われて20年。20年弟子として暮らしていた間、この家での食事は《ドール》のイースが作っていることがほとんどだったけれど。たまにお師匠様が作った時は、大体が大惨事だった。刺繍のセンスは優れているのに、これが料理になると全く働かないらしい。


「うちのマスターに食事を作らせるのはちょっと。俺がやるんで、マスター達はお茶でも飲んでてください」


 お師匠様がテーブルを指を鳴らして魔力を通すと、テーブルクロスに刺された《引き寄せ》の魔法が発動する。リボン刺繍のついたティーポットカバーとティーセットが飛んできて、ティーポットカバーの《自律》の魔法で勝手に動き出す。カップはひとりでに温められ、ひとりでにお湯がポットの中に湧き出した。お師匠様の好きなローズヒップティーの紅茶の香りがする中、私はルイスを抱き上げて膝の上に置こうとしたけど……困ったわね、膝の上だと高さが足りないみたい。ルイスはテーブルの上に、顔を出せるかどうかと言ったところだった。


「《複製》の図案はまだ教えてなかったわね」


 そう言ってお師匠様は腕につけていた《浮遊》の魔法の刺繍に魔力を通し、壁に貼られたいくつかの刺繍の内のひとつを引き寄せてくる。それはステュー用の足が長く座の位置が高い椅子(ステューも、ルイスと同じく小型の《ドール》だった)の上にひらりと乗って、その隣にまったく同じ椅子がもうひとつ現れた。増えた椅子は、私の隣に飛んでくる。


「ルイスはそこに座りな。弟子は、今度そこの座面カバーに使う刺繍を持ってくるように」


「わかりました」


「ありがとうございます、マスターのお師匠様」


 カバーの大きさを手持ちの巻き尺で測り、お師匠様からの課題として帳面に書いておく。ぺこっと頭を下げてルイスを椅子に座らせた。


「マスター、僕はあのお二人を手伝った方がいいんでしょうか……?」


「まだ体を動かせるようになったばかりでしょ、今日はじっとしていた方がいいわ。それに人手が必要なら、お師匠様達の方から言ってくるはずよ」


 何の刺繍を刺すか、せっかくだからあとでじっくり悩もう。そのまま帳面には、魔法糸の作り方を書いた。


「お師匠様、あの薬液の作り方を聞いてもいいですか?」


「ああ、レシピはまだ教えてなかったものね。あれは月光を浴びた白い石を砕いた粉を、小瓶いっぱいの朝露に溶いたものが基本。そこに魔女の砂糖菓子をティースプーンひと掬い入れて、庭の水で薄めるの。水はあの人形サイズのバスタブ一杯ね」


 幸い、原料は私自身で用意できそうなものだった。石は今夜拾っておいて、バスタブは今度買いに行けばいい。お師匠様からレシピを聞いていると、イースとステューの向かった台所からパンの焼けるいい匂いがしてきた。


「マスター、とりあえずパンと目玉焼きを焼いてきた」


「ボクも弟分のために頑張ったの!」


 ステューにとっては、ルイスは弟分になるらしい。バター壺を持って来ながら、彼はにっこり笑った。彼は癖のある蜂蜜色の髪に、水色の瞳。そしてイースと揃いの服を着ている。あの服、どこで買ったのかな……。

 ロールパンとソースのかかった目玉焼き、カリカリに焼いたベーコン、お師匠様好みのローズヒップの紅茶を二人が手際よく机に並べていく。《ドール》達の前は、小さなパンとウズラ卵の目玉焼き、ベーコンの欠片、小さなティーカップとフォークが並んだ。


「じゃあ……いただきます」


「「「いただきまーす」」」


 外はしっかり、中はふわふわのパンをちぎって頬張る。《パン作り》の刺繍は一人立ちの前に習って、日々の食事に使っている。けれど、やっぱりここまでおいしいパンにはならない……どこが足りないのか、後でお師匠様に刺繍を見せてもらおう。ルイスは《ドール》の兄貴分たちの様子を見て、自分も真似して頬張り、おいしそうな顔をしていた。あれ、明日からのパンの期待値が上がってしまった気がする。今日中に刺繍を改善しないと。


「ルイス、フォークの使い方上手だね」


「ステューは持つの下手だったからねぇ」


「ボクが教えようと思ってたのに!」


 いつの間にか上手にフォークを持っていたルイスに、兄貴分として物を教えようとしていたらしいステューが少し不満そうに頬を膨らませる。イースは涼しい顔で、バターをつけたパンを口に運んでいた。

 その様子がおかしくて、私たち魔女二人は顔を見合わせて笑った。

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