第10話 リボン刺繍の魔女、弟子と《ドール》について話す

「……で、どこであんな《ドール》を買ってきたの。キリキリお話し」


 あたしは弟子のクロスステッチの魔女が作った砂糖菓子をつまみながら、彼女が昨夜、《ドール》を買うに至った話を聞いた。中古の訳あり《ドール》をうっかり掴まされるだなんて……店主からすれば、こんな単純な弟子を言いくるめるのも容易かったろう。

 目の前でウサギのように砂糖菓子をカリカリ食べてる、クロスステッチの魔女。彼女を弟子にして20年―――不老長命な魔女の人生の中では、長い付き合いというほどではない。家事の一通りは元々できていたし、近所なら一人暮らしをさせても問題ないだろうと思ったけど、早かった気がする。


(20年前はあんなに小さくて、ひ弱で、身一つで弟子入りしてきたのにねぇ。一丁前に金を貯めて、ドールマスターになったとは……)


 《名刺》にもらったという樹脂と歯車の瞳は、センスがいい。《換装》もしっかりできていたから、あのまま取り付けておいても問題ないだろう。今までの弟子たちにも《ドール》を買ったら簡単な修復の技を教えてはいたが、買った次の日に駆け込んで来て技を教えるようなことになったのはさすがに初めてだった。


「お前の買ってきたルイスだけどね、あれは多分、違法な《ドール》だ。そもそも真っ当な工房であれば、中古としてそういった店に並ぶとしても工房のマークを内側に残している。けれど、それは見えなかった。制作した魔女の魔力の痕跡もない。あの趣味の微妙なタトゥーだけだ。あれは強固な魔法になっているから、簡単には取れないよ。取りたいって言うなら、弟子からでもそれなりの金をもらって大きな刺繍を縫わないといけない」


 本当に取りたいと言われても、まだ調べきれていないうちにはあのタトゥーを取ってやる気はなかった。あれは、封印だ。ナニカをあの《ドール》の、体に封印している。青核サファイア半月級という説明も、恐らくは違うだろう。だけど、そういった内容はこの弟子には早い。まだ未熟な四等級魔女が、下手に関わっていい話ではないのだ。火傷だけで済めば御の字の事態が、待っている可能性もある。


「あの、お師匠様。違法な《ドール》ってことは、ルイスは偉い魔女様達にそれとバレたら壊されてしまうんですか?」


「お前のような弟子が心配することではないし、生きて活動している《ドール》を破壊することはあまりないよ。咎められるならまず、この証書をつけた魔女と、その店主の魔女だろうね」


 《ドール》は心のカケラを持つ。魂のようなものを持ち、自分で立ち歩き、服を着て、魔女達のパートナーとして壊れるまで存在する。けれど今のところ、良くも悪くも《ドール》は使い魔であり道具であり―――こういった場合はまず、作り上げた魔女や売った魔女が咎められるのであった。四等級魔女の出る幕ではない。


「マスターを持っていたと言っても、《名前消し》されていたんだろう? それにしては核が大きいし……経過観察も兼ねて、時々うちに連れてきておいで。看てあげるから。あと、何かあったらすぐあたしに連絡するんだよ」


「はい、わかりましたお師匠様!」


 多少こき使ってもめげることなく、素直にあたしを慕ってくれる弟子。なんでも美しいと思って、魔力を通してしまう、素直な心根。それはあたしの中の、古傷をちくちくと刺激するもので―――だからこそ、と思うのだ。

 どうかこのお人好しの魔女の行く道が穏やかで、こいつが見ているように美しいものでありますように、と。


「さて、そろそろ魔力も吸えた頃だろう。組み立て方を教えるからついてきな」


「はいっ!」


 感傷を振り払うように立ち上がれば、すぐにこの弟子はついてくるのであった。

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