第9話 クロスステッチの魔女、魔法糸を撚る

「虹色蝶の鱗粉、夜闇の繭、月食草はあるかい?」


「よかった、全部私の庭にあります!」


 お師匠様からもらった、手のひらより少し大きな木製の箱。普通なら宝石でも入っていそうな箱だったけれど、その中に入っているのは魔女の庭だ。私のような未熟な魔女では、お師匠様のような大きな庭は作れない。

 箱庭の蓋を開けて、その中にいる小さな植物や虫の中からお目当てを探す。虹色の羽を持つ蝶が一匹、夜闇の色をした繭、月の光を食んで朝でもぼんやり光る背の高い草を取り出してきた。箱庭の中はちょっとした異空間になっているので、中から取り出せばそれらは上から見下ろしていた時より大きくなった。


「あんたがどんなにへっぽこでも、ルイスのマスターはあんただ。マスターの魔力が、一番馴染みがいい。魔法糸の張り替えも、材料も、全部覚えていきな」


「はいっ」


 お師匠様はそう言いながら、核を取り出して意識のないルイスの身体を薬液から出した。魔力を吸ってか、水滴とも違うキラキラとした輝きをまとっていた。


「まず、魔法糸を外す。魔銀の鉤に首か胴の切れ目から見える、魔法糸を引っ掛ける」


 渡された鉤で、胴体の切れ目から見えた魔法糸を引っ掛けた。糸の張りが緩んでしまっているから、簡単にできてしまう。けれど、緩んでいるのは《ドール》の身体にとってよくないのだと昔、お師匠様に言われたことを思い出した。


「鉤を引っ張りながら、一言―――《魔法糸、脱落》。これで魔法糸は全部取れる」


 言われた言葉を繰り返しながら鉤を引くと、ルイスを支えていた魔法糸はすべて私の持った鉤に引き出されていた。蜘蛛糸よりも細く、脆そうで、魔力の光もところどころしかない。こんな脆い糸では、体を動かせないのも当然だった。


「いいかい、《身繕い》の魔法は『繕う魔力』を『どこから』引き出すのかを指定しないといけないよ。そうでないとこうやって、体の内側の見えないところから魔力を引き出して、見た目を取り繕う魔法になるからね。本当は、話すのも起きているのも辛かったはずだ」


「ひえ……」


 薬液に、バラバラになったルイスのパーツをすべて沈める。魔力を吸わせて細かい傷や汚れを修復するのだと言って、お師匠様はこの薬液の作り方も覚えるようにと言った。


「魔力を吸わせてる間に、中に使う魔法糸を撚るよ。イース、ステュー、道具は」


「あるよ」「あります」


「じゃあ弟子が糸を撚っている間に、虹色蝶の鱗粉で液を作っておいて」


 お師匠様の《ドール》達は名前を呼ばれると嬉しそうに返事をして、刺繍されたリボンのついたフックを出してきた。指示されながらフックに、さっき引いてきたばかりの陽射しの糸をひかっける。それから、夜闇の繭をこすって出した糸の先端に、月食草を叩いて引いた繊維の先。


「糸にしなくていいんですか?」


「ここで糸にしながら撚っていく。魔力を通すのが緩んだら切れるからね」


 魔力を通し一塊の魔法の材料としてこれらを認識することで、今回のような使い方ができるのだとお師匠様は言った。採取したばかりの材料を、効果が落ちる前に使う方法なのだという。


「あんたの《ドール》が魔力を吸っている間に夜闇の繭と月食草からそれぞれ糸を紡ぐ時間は取れるだろうが、そんなことをしていたら陽射しの糸が弱る。だからだ」


「魔法で糸を紡ぐのは、糸紡ぎの大魔女様だけができる行いだと思ってました」


「これくらいの素材なら、あたしたちでもできる。もっと難しい素材になると、大魔女様だけしか糸に紡げないがね」


 確かに、四等級魔女の庭でも育てられるものだから当然なのかもしれない。きっと大魔女様くらいになると、本でしか読んだことないような素材から糸を紡ぐんだろうな。いつか見てみたい。


「フックに絡めた糸を一つに撚り合わせる、という意思の元、リボンに魔力を通してから糸束をくるくる回す。ついでに、夜闇の繭と月食草から糸を引き出すことも忘れてはいけない」


「はいっ」


 三種類の太さと色合いの糸を、ひとつにまとめるイメージを頭の中に思い描く。フックのリボンについていた《縒り合わせ》の魔法に魔力を通し、三種類の糸を一本の魔法糸に変えていく。どうかこの糸が、ルイスの身体を十全に動かすに足るものになりますように。そう祈りを込めて。

 革手袋をした指で、ひたすらに撚り合わせる。魔力が吸われていく。これ四等級魔女がやってみていい魔法じゃないんじゃないかな、とも思う。消費魔力量が今までの魔法より結構多い。もちろん、糸を引き出すのも忘れない。

 不意に、パンと手を叩く音がした。


「はい、そこまで。これだけあれば十分だ。虹色蝶の鱗粉を溶かした水に、この撚り糸を漬け込んで、これで魔法糸は完成だよ」


「疲れた~……」


 イースが淹れてくれていた紅茶を一杯飲んで、お師匠様の砂糖菓子をつまむ。


「くつろぐ前に虹色蝶を箱庭に戻してきな。蜂蜜や露でも舐めてたら、鱗粉はまた戻るさ」


「わかりました」


 虹色が少し剥げた蝶を箱庭の、蝶が好きな蜂蜜溜まりのところに止まらせてやる。


「あの子には魔力をしっかり吸わせてパーツも洗ってやる必要があるから、しばらく漬けている間は休憩としようか。お前の砂糖菓子をお出し」


「刺繍をするんでちょっと待ってくれませんか」


 初歩中の初歩と言われる《砂糖菓子作り》の魔法を壊してしまったなんて言えなくて、布を忘れたと言い張って改めて刺繍をする。お師匠様の咎めるような目が痛かった。

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