第8話 クロスステッチの魔女、お師匠様にこき使われる

 お師匠様の《ドール》である彼は、お師匠様の家を出る時と同じ、短い緑色の髪と明るい水色の瞳をしていた。白いブラウスに、仕立てのいい紺色のベストとズボン、飴色の革靴。私のルイスよりも頭二つほど背が高く、見た目の年齢も上に作られていると見比べてわかった。人間で言うところの、十代後半くらいだろうか。


「イース、本当にありがとう……お師匠様は中に?」


「ええ。あの子と道具を用意して待ってるんで、早く中に」


 私が胸元に括りつけているルイスにちらりと目をやって、イースは早々にお小言は切り上げてくれた。すぐに中に入る。

 我がお師匠様、リボン刺繍の二等級魔女アルミラの家は、天井の梁にまで大量のリボンがかけられていた。色や素材も様々なリボンが、部屋のあちこちに渡されている。その中心に、お師匠様がいた。

 灰色の髪を垂れないように髪留めで上げて、クロスステッチの刺繍が付いたリボンを髪につけている。緑の目は鋭く細められ、着ているのはリボン刺繍の施されたワンピースと革製のエプロン。手にも白い革手袋をしていて、その甲にも魔法の刺繍が施してあるのを私は知っている。首から下げているのは、銀色に光る二等級魔女の証の硝子の首飾りだ。工具を並べた机の前で仁王立ちをして、獰猛な笑顔を浮かべていた。その机の上にはもう一体お師匠様の《ドール》がいて、こちらは人懐っこい笑顔で私とルイスを歓迎してくれていた。


「さて馬鹿弟子、あんたの《ドール》をお出し。それから元々こいつが着せられていたものも」


 言われてルイスをくくりつけていた紐を取って、「この人が私のお師匠様なの。すぐに治してくれるからね」と声をかけて手渡す。それから、カバンからルイスが元々着せていた服を取り出してこれも渡す。薄く透けた生成りの布に、同じくそのままだろう糸で大雑把な刺繍が施してある。正直、私の方が上手い気がした。

 お師匠様はルイスを、人形サイズのバスタブに浸す。これはいくつかの魔法植物と鉱物を溶かした薬液で、バスタブをくるむ刺繍の魔法で《ドール》のことを調べるための魔法道具にもなっていた。お師匠様の偉大な開発品のひとつらしい。


「お店の人は、この服は《身繕い》の魔法がかかっていると言っていました」


「証書」


「こっちです」


 ルイスを買った時の証書を渡すと、ざっと目を通したお師匠様の顔がしかめられた。


「詳しい説教は後。こき使うから覚悟しておいで」


「ルイスは私の《ドール》です。むしろこき使ってください」


「時間をかけた治療が必要になる可能性が高い。ちょっと庭に出て、瓶いっぱいの朝露を拾っておいで。それから朝の陽射しを糸に引いて、雪草の花を持ってきて」


「はいっ!」


 いくつかの小瓶と小型スピンドルをイースに渡され、私は自作の手袋をはめながらお師匠様の家の庭に降りた。魔女の魔法に必要な手芸に使う、糸とその染料や素材。それらを採るために、魔女はみな自分の庭を持っている。私はまだ未熟で小さな箱庭しか持てないが、お師匠様ほどの大魔女となれば地の力を活かした大きな庭を持っている。色々な葉に溜まっていた朝露を小瓶に掬い上げ、雪草の真っ白い花を摘んで別の瓶に入れた。

 少し小高く作ってある場所に出ると、朝の陽射しが森の向こうから射しこんでくる。その鋭くまっすぐな光にスピンドルを宛てがい、太陽へのまじないの言葉を唱えながらくるくると木製の小さな糸車を回した。すると綺麗な薄い金色の光が、スピンドルに絡め取られる。陽射しの糸を引くことに成功したのは嬉しいけれど、思っていたより糸が太い。お師匠様なら蜘蛛糸のように細い糸を引けるのに、私がやると六本取りの刺繍糸のように太くなってしまっている。まあ、前は毛糸くらい太かったから、マシになったのかな?

 とにかくスピンドルいっぱいになるまで糸を引いてから家に戻ると、お師匠様はルイスに話しかけているようだった。


「いいか《ドール》、あたしは修復師だ」


「はい。マスターは僕に、ルイスって名前をつけました」


「ここはあたしの工房であり、人間で言うところの病院。お前が生まれた工房にも近い。だから目を閉じて、あたしに身を任せろ―――《核を示せ》」


 戸惑った目が私を見つけた様子だったので、こくりと頷く。現マスターの承認を確認して、ルイスが目を閉じた。青いサファイアの核が現れ、お師匠様の手に収まる。


「お師匠様、全部持って来ました」


「糸が太いが……まあ、ギリギリ合格だ。青核サファイア半月級だったか? この大きさの人形と半月級の割には、核が大きい」


《ドール》に慣れていない私には気づけなかったことを、お師匠様は気づけたらしい。核の抜けたルイスの体を薬液に沈め、お師匠様は核を調べ始めることにしたようだった。


「魔法糸は、張替が必要だ。経年劣化でどんな《ドール》も糸が脆くなるから、張替はお前がやれ。あたしが教える。それと核について調べたいことがあるから、もう一回庭に降りて材料集めてこい。……お前の庭にあるならそれを使うから、確認してからな」


 話している間もお師匠様の手はよどみなく動き、メモを書いていく。そのリストの素材を確認しようと、私はカバンに入れていた箱の蓋を開けた。

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