第8話 迷宮の入り口 ラビリンス・エルモール
五階に着いた四人。十字に広がるフロアは東西南北それぞれの通りの両側に専門の飲食店が並んでいる。それぞれの通りにはコンセプトはあるようだ。
南に延びるフロアは南国をイメージした料理の店が並んでいる。インド料理をはじめ、タイやベトナムなどアジアの中でも東南アジア方面の料理、ロコモコなどハワイアンな感じの料理、そしてタコスなどメキシコや南米をイメージさせる料理といった感じで、『南』をイメージさせる国の料理店が軒を並べている。通り全体の雰囲気も、そのような曲が流れたり、通りを彩る植物も、店構えも南国を思わせるものが多い。
西に向かう通りはフランス料理、イタリアン、ドイツ料理からスイスのラクレットチーズやギリシャのムサカなどの料理が食べられるエリアになっている。通りの雰囲気も石だたみの通りになっていて、ヨーロッパを感じさせるシックでお
北に向かう通りは
そして東に延びる通りは日本料理の店が軒を並べている。寿司屋、
それぞれの通りにある店のグレードも、学生が友達同士で来ても入りやすい店から高級感のある店まで幅広くあるようだが、見た感じでは中央の賑やかなフードコートの広場から端に離れるほど高級な店が多いような印象だった。また、それぞれの通りにはそこに関連するような、お土産屋さんやアクセサリーショップもあった。
そしてその四つのフロアが交わる中央の広場は大きなフードコートになっており、その広場をぐるっと一周さまざまな屋台に囲まれたような感じになっている。訪れた人はこの広場の周りの屋台のような店ばかりでなく、基本的に東西南北どのフロアの店で買ったものでもテイクアウトできる料理は、このフードコートで自由に食べることができる。もちろん各お店すべてのメニューがテイクアウトできるわけではなく、高級な店の料理は、やはりその店で食べることになる。
ここも、最初から何を食べたいか決めて来なければ、ここで見て決めようなどと思っていたら、とても食事にありつけないのではないかと思えるほどたくさんの選択肢がある。
目を輝かせてフロアを見回す奈緒子。
「みんな何か食べたいものある?」
「何でもいい」
みんなが声をそろえる。普通なら『なんでもいい』は一番困るやつだ。しかし、これだけ選ぶものがあると、とりあえず席を確保して、自分の好きなものを勝手に選んできましょうとなる。
これに反対する者もなく、それぞれ好きなものを食べることになった。しばらくして各自調達してきた食べ物を食べる。
朗はタコライスとコーラを調達してきたようだ。
他の三人はパスタやピザを買ってきた。
「朗おいしそうね」
奈緒子が言う。
「あげないよ」
「いらないよ」
「なんか毎日来ても何日で回り切れるかわからんね」
朗がつぶやく。
「まあ、朗はまたいつでも来れるからね」
「まあね。ところで、みんないつまで高知におるが?」
皆それぞれ二週間ぐらいだと言った。
ペペロンチーノを食べながら、奈緒子は美弥に言う。
「ねえ美弥ってさ、いつも白っぽい服だけどパスタとか気にならない? まあ、食べてるパスタも白っぽいけど……」
美弥はカルボナーラをホークに巻き付けながら、
「まあ、そんな上等な服でもないからね。それにたまたま白い服の時ばかり見てるんだよ。私、白以外の普段着も着るよ。白が多いけど……」
「へえ、美弥ちゃんの白以外の服も見てみたいな」
和也がそう言うと、奈緒子は少しからかうような目で和也を見て、
「それって、美弥をデートに誘ってんの? また会いたいって……」
美弥は和也を見て微笑みながら、
「いいよ。今度会うときは白以外の服で……ね」
一瞬ドキッとした。
「え、なにそれ……なにそれ」
意外にストレートな美弥の言葉に奈緒子も驚いた。
「なんでもない」
と言って微笑む美弥。
「え、なにそれ」
奈緒子は美弥と和也の顔を交互に見た。
食べ終わった朗は辺りを見回す。
「ここって。これだけいっぱい人がおって、結構、知ってる人に会うかと思ってたけど、意外と会わんもんやね」
「へえ、地元で顔が広い朗でも全然会ってないんだ」
和也の言葉に、コーラを飲みながら
「まあ、僕たちは久し振りだし高校時代の友達に会っても、こっちが気付かないこともありそうだけど。朗が会わないっていうのは、やっぱりここがとてつもなく広いから知り合いが来ててもなかなか会わないのかな」
四人それぞれに周りを見回すが、やはり見たことのある顔が通り過ぎる様子はない。
「さあ、そろそろ午後のショッピングに行くとしよう」
「何かお目当てのものがあるの?」
「アウトドア用品を見に行きとうてね」
「それってスポーツ用品店とかにあるの?」
「いや、アウトドア専門の店があるんだよ」
「へえ。多趣味ね」
だいたいどんな会話、どんな話題にも合いの手を入れてくる奈緒子。話をスルーされることはほとんどない。この気さくな性格から、だれもが『その場にいてほしい人』と思うキャラだった。奈緒子といると会話に困るということはほとんどない。
「和也もやらん? ひとりキャンプ」
「いいね」
興味なさそうに和也が言う。
「和也は美弥とデートだって」
『なんてこと言ってくれるんだ! 奈緒子!』と思いながら美弥の方を見る。
美弥も和也の方をちらっと見て……
「ん? いいよ。デート」
和也はまたドキッとした。慌てて、
「あ、じゃあ、また今度」
奈緒子がすかさず、
「美弥が『いいよ』って言ってるのに『今度』って何よ。『じゃあ明日』でしょ」
「ごめん、じゃあ明日」
「いいよ。今日一日じゃ回れそうにないから、明日またここに来ようか」
「うん」
「ふーん。私もまだ見たいとこあるから明日来ようかな」
奈緒子が言うと、
「おれも」
と朗。
「……なにそれ」
「冗談よ」
少し休んで、朗が腕時計を見て言う。
「じゃあ、おれアウトドアの店行くき、今から別行動な……ていうか、奈緒子も来ない?」
「アウトドアのお店? 私は興味ないよ……」
奈緒子は三人の顔を見る……
「やっぱり、私も見に行ってみようかな。アウトドアのお店。ひとりキャンプ」
「だろ」
「だね」
朗と奈緒子は三階のアウトドア用品店へ。和也と美弥は四階へと。それぞれ別行動することになった。四人はエスカレーターに乗って五階を後にする。
四階。雑貨屋店やおもちゃの専門店。子供たちの遊べるスペース。リラクゼーションの専門店や占いの店などが並ぶ。朗と奈緒子はそのまま三階に下りて行った。
「行っちゃったね」
「うん。和也君は何か見たい店があるの?」
二人だけになったうえに、今初めて美弥から『和也君』と名前を呼ばれて、もう一度ドキッとした。
「いや、僕は、今日はこのショッピングモールが、どんなところかなって感じで来たんで。実はまったく、ここが見たいとかいうのがないんだよね」
「私も……雑貨とか見るの好きだから、雑貨屋さん見ていい」
和也はこうして美弥と一緒に過ごせる時間が楽しいと思った。たくさんある店のなかから、アンティークなものを並べている店やレトロな感じの店を見ながら歩いていく。
「さっきの楽器屋さんでの美弥ちゃんの演奏。本当にすごかったよ」
「ああ、あれね。まあ、あの曲は何度か演奏したことのある曲だったから……オーケストラでクラシックの交響曲とかのイメージが強いかもしれないけど、結構、子供向けのイベントでアニメの曲とか演奏する機会が多くてね。クラシックに親しんでもらう入り口として宣伝活動だね」
「休みの日なんかは、やっぱり楽器屋さんに行くことが多いの?」
首を振る美弥。
「休みの日は家でゆっくりしてることが多いかな。テレビ見たり、YouTube見たり……楽器屋さんも行くことはあるけど、必要なものがあるときだけかな。それに、いつもだいたい決まったところに行くのよ。東京でも高知でも。その方が勝手がわかってるし。あんまり他の人から注目されたりすると疲れるから……」
「でも、さっきのいろんな人を相手するの、すごく慣れてたみたいだった」
「まあ、こんな私でも一応ファンみたいな人がいてくれて応援してくれてる人には感謝してるし、大切に思ってるから。あとヴァイオリンをやってる小さな子供は未来の宝だからね」
普段おとなしく、どちらかというと無口な美弥が音楽の話になると能弁になる。本当の音楽家なんだなと思う。まあ、普段の美弥を語れるほど前から知り合いだったわけではなく。話をするようになったのは昨日の同窓会からなわけだが……
「ところで、さっきの、あの女の子すごかったの? 『絶対音感』っていうか、そういうの『絶対音感』がある子だったの?」
「……それはわからない。本当に聞き分けられたのなら『絶対音感』があるかもしれないけど。あの時の、さやちゃんの場合は、私が調音してるの見てて、たまたまあのタイミングで言った一言かもしれないし……でも、音がきれいに調音できたのと同時に言ったのよ……『直った』って……それに『さやちゃん音聴き分けられるんですね』っていう一言が、あの子の自信につながって、将来につながってくれれば嬉しいし」
「美弥ちゃんは『絶対音感』あるの?」
「どうだろう?」
「あるんだよね。あんなすごい演奏するんだから」
「小さい頃からやってるからね」
「『絶対音感』ある人って、聞こえる音が、なんでもドレミに聞こえて大変だって聞いたことあるけど。やっぱりそういうものなの?」
「なんでもドレミに聞こえたら大変だと思う?」
「そりゃあ大変じゃない? 気になって」
「まあ、人によるんじゃない。和也君は日本語わかるでしょ。街歩いてて、話している人がいたら、話が気になって大変! ってことある?」
「いや、別に」
「そんな感じじゃない」
なるほどそういうものなのか……とも思った。
「でもね、まあ気になる人は多いかもね。多分、この世界は繊細な人が多いから」
「美弥ちゃんも、そうじゃない?」
「そうでもないかもね。でも、話は変わるけど、海外にいた時、こんな話があったわ。私フランスに住んでたことがあってね。フランスなんかでは
「へえ、それもいやかもね」
「まあ、そういう話を聞くと、『絶対音感』のある人が隣にいても、別に、こっちはどうでもいいけど、すごい『調香師』が隣にいたら、なんか、こっちが気を遣うよね」
「ほんとだね」
香水といえば、ずっと気になっていた美弥からほのかに香る高貴で心地よい香り、これも一般人ではない特別な雰囲気を漂わせる
「美弥ちゃんって素敵な香りがいいね。香水つけてるんだよね」
「ええ。演奏するとき気分を高めたいときとか、集中したいとき、リラックスしたいときとか。気持ちをコントロールするのにいいの。私の場合オーケストラで演奏しているときとかは、他の人の気持ちを乱したり邪魔しちゃいけないから、かなり気を遣ってるけど」
「素敵な香りだね。その香り好きだな」
「ありがとう」
気が付くと和也と美弥は昭和レトロな雰囲気を
「なんだろう。なんか不思議な感じの店だね」
「喫茶店なの?」
この階にも数店舗の飲食店はあった。五階の様に『飲食店街』という感じはなく、ひっそりと営業している感じの店。
美弥はなんのためらいもなく入っていく。
「うわぁ。いいね。ほんとにレトロな感じ」
店内は随所に懐かしさを感じさせてくれる。テーブルがゲーム機になっていて画面がきちんと動いている。
「すごいね。これ。こんなゲームが残っているんだ」
「こっちのテーブルもゲームになってるみたいよ」
「美弥ちゃんもこういうの興味あるの?」
「うん、まあゲームというよりレトロなものとして興味があるって感じ」
テーブルの上には銀色の入れ物にナプキンがセットしてある。お金を入れると『占い』ができる茶色い『占い機』というのだろうか、星座の模様があしらわれ自分の星座を選んで占いができる機械がある。
「こんなの今でも使える状態で残ってるんだ。美弥ちゃん占いとか信じる人?」
「え? いやぁ……週刊誌とか新聞とかに占いが載ってたら見てみて。いいことが書いてあると『当たるといいな』って思うけど……信じるとかではなくて『当たるといいな』ぐらいかな」
珍しそうに店内を見回す美弥。
「いらっしゃいませ」
店の奥からマスターらしい人の声が聞こえてきた。
そして、店のカウンターの方を見ると、いかにも喫茶店のマスターという感じの男性が、奥さんらしい女性と何やら料理を作ったり食器を洗ったりしているようだった。男性は美弥たちと目が合うと『どうぞ』というようなジェスチャーで微笑んだ。二人が席に座ると、女性が水を持って来てくれた。
「食べたいもの、決まったら言ってね」
テーブルに置いてあったメニューを二人の真ん中に出して微笑む。
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