第6話 そして八月のこと 再会のとき

 八月の真っ青な空に入道雲にゅうどうぐもが空高く盛り上がっている。帰省した和也は久し振りに市内を歩いて回った。市の中心にあるアーケード街、中央公園、市内の数か所の商店街など演舞場となってるところはどこも「よさこい祭り」一色になって賑わっている。

 「よさこい祭り」は前夜祭から始まり、二日間の本祭。そして後夜祭と四日間にわたって行われる。この前夜祭の日は市内を流れる鏡川かがみがわ河畔かはんに観覧席を設け、約四千発と言われる花火が打ち上げられる納涼花火大会がある。

 和也も子供の頃から何度か見に行ったことがあったが、ここ数年は帰省するタイミングが合わなかったり、一緒に見に行く友達がいなかったりと花火大会を見に出かけることがなくなっていた。

 「よさこい祭り」の本祭はたくさんのチームが各会場を回り、それぞれの会場は踊りと、それを見に来る大勢の観客で町が盛り上がる。

 それぞれのチームは百人ほどの踊り子たちが、個性豊かな衣装を身にまとい迫力ある踊りを繰り広げる。曲には一定の決まりはあるもののチームそれぞれが自由にアレンジした曲を使い、それぞれの振付師が、その年々のイメージやコンセプトを考え振り付けをする。迫力のある踊り、時にあでやかに美しく、コケティッシュ、コミカル、ユーモア、子どもたちのかわいらしい踊り、そして伝統を引き継ぎ世に残していく日本舞踊を基調とした正調せいちょうスタイル……

 さまざまな個性あふれるチームの踊り、表情を見せてくれる。この大人数が一糸乱れぬ表現をするということに、古今東西、人は国や地域を超えて感動するのではないかと思う。百人ほどの踊り子の手先、足先、向ける目線に至るまでそろう美しさは見ている者に迫力という形で感動を与える。

 各チームの先頭には地方車じかたしゃというチームのカラーに装飾をほどこし、PA機器を搭載したトラックが先導する。PV機器を搭載したトラックは大きなスピーカーがセットされておりこの車がチームの曲の発信源になる。トラックと言っても、既に原型がわからないほどの華やかな装飾がなされており、どこから見ても……これはもうトラックではなく『地方車じかたしゃ』だ! という感じである。この車にはわかりやすい装飾で『チームの名前』も書いてあったりするので、集まっている踊り子が衣装だけでは、どこの踊り子か、わからないような時でも、近くにいる地方車じかたしゃで、何というチームの人たちかわかるときがある。知り合いに「見に来て」と言われた時の目印にもなる。

 ほとんどの会場ではこの地方車じかたしゃを先頭に踊り子たちが連なる形で商店街を移動しながらパフォーマンスをする。地方車じかたしゃの上には数人のスタッフが乗って、ミュージシャンが歌ったり、マイクパフォーマンスでチームを盛り上げたり、商店街の観覧客を盛り上げたり、踊り子たちにげきを飛ばしたり。地方車じかたしゃから流れる大音量の曲で踊り子たちは迫力のある踊りを披露する。

 市内中心にある公園が演舞場になっている。そのすぐ北側にある東西に長く続くアーケード街も端から端まで演舞場になっており、更にその北を通る追手筋おうてすじという大きな通りも演舞場となり、市内中心に三か所の大きな演舞場が集中している。ここなら知り合いに会えるだろうと行ってみるが、大きな演舞場にたくさんのチームが集中してくることや、『踊り』そのものが演舞場となっている通りを移動しながら、それぞれの『踊り』を披露するため、なかなか目当てのチームに辿り着けなかったりする。

 演舞場のスタート地点で順番待ちをしている踊り子たち、その近くで順番待ちをしている地方車じかたしゃの車列。そんなところにタイミングよく出くわせば知り合いのチームに会うことができる。ネットでチームが次に向かう会場が確認できたりするサービスもあるが、演舞場の混み具合などで急遽きゅうきょ行き先を変更することもある。混んでいる会場で順番待ちが長くなれば、待ち時間ばかりで踊れる回数が減る。

 和也は高知生まれだが、この祭りに踊り子として参加したことはなかった。しかし、賑やかな町と、ときどき知り合いが踊っているところに出くわすと楽しい気持ちになる。

 『〇〇商店街』と書かれたはっぴを着た踊り子たちが歩いている。『この中に朗がいるな』と思い探してみるが、たくさんの踊り子がいる中、なかなか見つけることができない。

 ここは今の時間テレビ中継をしているようだ。カメラを持ったテレビ局の人らしいスタッフの人たちが踊り子たちを撮影している。こうして撮影された映像は生中継だったり、再放送など何度かテレビで流れる。

 そうしているうちに人ごみをき分けるように派手な一台の地方車じかたしゃが入ってきた。見上げるとマイクを片手に朗が気合の入った口上を述べ始めた。踊り子たちの士気が高まり。迫力のある曲とともに百人ほどの踊り子たちが一斉に踊り始める。圧倒されるが同時に何か嬉しい気持ちになる。ふと地方車じかたしゃの上の朗と目が合った。

「おお! 和也!」

マイクが入っているのも構わず大声で手を振ってくれる。何でもありだ。この一声に通りを挟んで向かいで見ていた奈緒子がこっちに気付いた。奈緒子は和也とは小学校以前から友達、幼なじみだった。奈緒子は高校時代の友人である佳純かすみ、ゆかりと一緒にいた。奈緒子が和也の方に手を振ってくれた。それに、車の上から朗が気付く。

「おお! 奈緒子! 佳純、ゆかりも見に来てくれたがか!」

「いちいちマイクで名前呼ぶな! テレビ中継で個人情報漏洩ろうえいだ!」

奈緒子が大声を上げる。

このやり取りがテレビで流れ、その日のニュースでも流れた。ニュースキャスターも、

「なかなかですねえ」

とコメントする。『はちきん』とは男勝りの女性を表す土佐弁だ。


 前夜祭と二日間の本祭、後夜祭を含め四日間にわたる『よさこい祭り』が終わった。


 そして、同窓会の日。町の居酒屋に十数人の同窓生が集まった。時々、数人程度で集まって食事や飲み会をすることはあるらしいが、今回は久し振りにたくさんの人数が集まったという。

 後から遅れてくる者もいたが、集まって来た者、集まって来た者で、そこ、ここで会話に花が咲く。

 同窓会が始まり、高校時代も仲が良かった和也と朗、奈緒子は一緒に座る。朗はこの飲み会の幹事的なことをしているらしく、地元で公務員をしている哲也、明美といろいろ忙しそうにしていた。

「いろいろお世話ありがとうね」

奈緒子が三人をねぎらう。こういうときに気の利いた言葉を咄嗟とっさに言える彼女の感性は『生まれ持ったものだな』と感心させられる。普通の人が思ったり、気が付いても、口にしなかったり、口できないこと相手に伝える。機転が利くというのだろう。

 他愛もない会話が続く中で、数人の男女がやって来た。そして、その数人とは、少し距離を置いて、一人の女性が入ってきた、白いサマーニットの半袖シャツにジーンズ、そして白いサマーニット帽。

「誰?」

居合わせた誰もが一瞬にそちらを注目した。

「あ!」

和也は思わず大きな声を出してしまった。東京にいた時、祖師ヶ谷大蔵の駅で何度か見た女性だった。華奢きゃしゃで小柄な彼女は、その白でまとめられた服装がそう見せるのか、ひときわ美しい。

「なに?」

和也の前にいた奈緒子は唐揚げに手を伸ばしながら入り口の方に目を向ける。

「あ、美弥! 久し振り!」

「え!」

和也は驚いた。

なんと奈緒子はこの女性の友達らしい。

「美弥。ここにすわりなよ」

奈緒子は空いていた自分の隣の席を勧めた。美弥と呼ばれる女性は和也の前の席に座る形になった。

 あの祖師ヶ谷大蔵駅で出会った女性に、ここで出会えた驚きと、テーブル一つ挟んだ距離で彼女と向かい合った今、和也は改めて、その美しさに心を奪われ言葉を失った。

 服装も白だが、肌も色白で整った日本的な顔立ち。黒髪で長いストレートの髪、前髪をそろえているところが日本的な雰囲気を強くしているのかもしれない。着物が似合う和風美人という感じではなく、ドレスが似合う日本的美人という感じの美弥。

 この美弥ならではの独特の雰囲気は、この後の会話で知ったのだが、幼少期から外国人と触れ合うことが多く、ヴァイオリンを学んできた彼女は小さい頃から『自分が日本人である』ということを強く意識して育ったという。ずっと日本で育ち、日本人ばかりに囲まれて育った者にはない感覚なのだろう。

 美弥の中に感じられる、純和風ではなく、日本的な雰囲気。それは、そういう環境の中ではぐくまれた独特の雰囲気なのではないかと思った。


 しばらく、美弥の姿に目を奪われ言葉を失う和也……


 唐揚げを取りながら、じっと和也の方を見ていた奈緒子、

「なに美弥に見とれてんのよ」

「え、あ、いや……」

「和也、動揺しすぎ……好きになっちゃった?」

奈緒子は人差し指をくるくる回しながら、いたずらっぽい目線を和也に送る。

美弥と呼ばれる彼女はニット帽を取りながら、

「失礼します」

と微笑みながら会釈した。

「……」

声を失う和也……

「わかりやすいねえ。美弥。和也、あなたのこと好きだって」

奈緒子がからかうように言う。

言葉を失いながら呆然ぼうぜんとしている和也に、

「東京で何度か会いましたね。祖師ヶ谷大蔵の駅で」

美弥が微笑みながら言う。

『覚えてくれていた』

奈緒子は美弥に食べ物を勧めながら、

「なんで敬語なのよ。私たちみんな同級生だよ。それに、なに? 二人は知り合いなの……和也を見てると、そんな風でもないけど……それに和也、さっきから意識がどっかいってるよ。帰って来ーい!」

「え、あ、うん」

「おかえり」

話を聞くと奈緒子はイベント関係の仕事をしており、ヴァイオリニストの美弥と何度か仕事で一緒になったらしい。もともと高二、高三と同じクラスだった奈緒子と美弥はすぐに会場で気づいたらしく、それからイベントで会うたびに食事をしたりしていたのだという。

 和也と朗は高校時代一度も美弥と同じクラスになったことがなかった。おとなしいうえにヴァイオリンのレッスンで、いつも忙しかった美弥は高校時代も友達が少なかったという。

 彼女は父親の仕事の関係で中学卒業までは神戸に住みながら日本と海外を行ったり来たりしていたそうだ。高校になるとき祖父母のこともあって高知に引っ越してきたという。美弥の父親はもともと高知の南西部、土佐清水というところの出身で、今でも祖父母がそっちの方に住んでおり、美弥もときどき行くらしい。母親も高知市内の出身ということで、彼女自身の高知在住歴は短いものの、ルーツとしてはかなり高知にゆかりのある人のようだ。

 小さい頃から親の仕事の関係で日本と海外を行き来する生活。海外は主にイギリスが多かったそうだが、フランスやイタリアにも住んだことがあるという。そんな海外での生活経験もあり、英語や他の国の言葉も買い物をする程度にはしゃべれるそうだが、転々とした生活をしていたことで小さい頃から友達らしい友達はいなかったそうだ。家族とヴァイオリンの先生以外の人と喋ることはほとんどなかったという。人見知りで一人でいることが多く、ヴァイオリンが彼女の気持ちを表現できる唯一のものだったという。

 ヴァイオリンの英才教育を受けて育った彼女は高校時代も頻繁に、小さい頃から習っていた先生のところへレッスンを受けに行っていたという。

 その後、美弥は芸大に進学。

 和也や今日ここにいるみんなが通っていた学校は県内で進学校と言われている学校だが、普通科しかない高校だ。同級生の中に高校三年間を一緒に過ごしてストレートで芸大に合格する生徒がいたなんて聞いたことがない、もしかしたら歴代いないんじゃないかと思う。高校時代の美弥のことは、まったく記憶になかったが、彼女はヴァイオリンの世界ではジュニア時代からコンクールの入賞歴もすごかったらしく、どうやら、『趣味』とか『習い事』のレベルではない、まったく別世界の女性らしい。


 それでも、こうして話していると、普通の女性のように見える。口調や話し振りも普通で、会話が合わないということもない。

 同窓会の場は、そこ、ここで至って普通の世間話で盛り上がる。話の輪の中にいる美弥も最近どんなドラマを見たとか、バラエティ番組、お笑い芸人の話など、意外とどんな話題にもついてくる。

「美弥ちゃんってヴァイオリニストで、なんか僕たちと別世界の人みたいな印象だけど、結構、普通の世間話にもついてくるね。バラエティ番組とかスポーツ番組も見るんだ」

「え、だって私の家でやってるテレビ番組も、みんなの家と同じだよ。スポーツ番組だって見るわよ。サッカーは『ワールドカップのときだけファン』で、ラグビーは『にわかファン』だけど……『オフロードパス』とか知ってるよ。バラエティ番組も見るよ。この前だって見たよ『なかなかですねえ』って……」

と言って奈緒子の方を見る美弥。

「それはいいよ。それと……それはバラエティ番組じゃないから。これって『オフロードパス』?」

奈緒子が枝豆を食べながら言う。


 話が弾むなかで、ふと自分たちが学生の頃にはなかった大型ショッピングモールが最近オープンしたということが話題になった。数年前に市内に大型ショッピングモールができた。和也もそこには何度か行ったことがあった。そこは県内全域と言わず休日、特に連休などは県外からもたくさん人がやってくる。そのショッピングモールができて、その辺り一帯は大きく様変さまがわりした。景観ばかりでなく人の流れも大きく変わり、ショッピングモールに通じる道も整備され、市内の中心地からの車の流れも随分変わった。

 しかし、今回話題になっているのは、そことは別に更に大きな商業施設が最近できたというのだ。こちらは地元に住んでいる朗もまだ行ったことがないという。聞けばここも市内の中心地から少し離れたところにあるらしいが、県内外から人が呼び込めるよう、交通の便もかなりいいらしい。


 和也と朗、奈緒子、たまたま近くの席に座った美弥も、明日一緒に行ってみようということになった。四人の中では朗が一番乗り気だった。

「まあ、とにかく巨大なショッピングモールで行けば一日楽しめるところみたいながよ。おれは地元やけど初めてやき案内はできんけど」

和也は美弥が行くというのが嬉しかった。

「へえ、あんまりショッピングモールとか普段行かないから、よくわからないけど、どんな感じなんだろう」

「そう、実は私もあまり行かないんだよね。なんか普段いつも忙しいし。休みは家で過ごしてることが多いから」

奈緒子は久し振りの休みを満喫まんきつしたいという思いと、いろいろな食べ物が食べれるというフードコートが楽しみだという。美弥は専門店街に比較的大きな楽器店があるというので行ってみたいという。


 和也は数日前から帰省していたが、ここに来て久し振りに会った学生時代の友人たちと、懐かしい話や楽しい会話をする中で、何か、やっと東京での自分らしさを見失いそうな毎日から解放されたような気がした。

 そして、何よりも美弥という女性との思いもよらない出会いが嬉しく。普段よりかなりってしまったようだ。

 家に帰って気が付いたのは夜中の二時くらい『あれ? どうやって帰って来たんだろう?』服を着たままベッドに倒れるように眠っていたようだ。しかし、また眠気に襲われ、眠ってしまった。

 そして次に起きたのは朝の六時だった。


 昨日はいろいろあったなと思い返す。それにしても美弥との出会いが大きかった。『そうだ今日また四人で会う約束をしていた』この嬉しい気持ちは、きっと初めて東京で彼女を見た時から、ずっと心をかれていたんだろうなと思った。

 シャワーを浴びて、テーブルにあったパンとコーヒーを口にする。その日、約束していたショッピングモールは場所はわかっている。が、初めて行くところだった。自転車で行けない距離ではない。方向こそ少し違うが、自分が学生時代通っていた高校までの距離と、それほど変わらない。

 和也は一応車の免許は持っていたが、実家に帰ると家族の車しかなく、普段は日中自転車か公共の乗り物しか移動手段がなかった。まあ、東京でもそうであるが……その日は自転車で行くことにした。

 八月と言っても、朝のこの時間は暑さもなく、すがすがしい感じがする。『すがすがしい感じ……』今の東京での生活にはない感覚だった。そんな感じを最後に感じたのは、いつだっただろうと思い返す……和也の中では『大学に入学した四月の頃』だったかな……と。そんな気がした。


 午前九時、ショッピングモールの『南の入り口』で待ち合わせた。

入り口の『エルモール』という大きな文字が美しい。

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