第3話 それは五月のこと 奈緒子 気づきのとき

 毎年、真夏のように暑いゴールデンウィークから始まる五月。

「暑い」

汗を拭きながら奈緒子なおこが言う。

「ああ、暑いねえ、奈緒ちゃん。ゴールデンウィークはいつもこうだ。どっかの公園の噴水で水浴びしてる子供たちの映像がニュースで流れる……そんな感じ」

先輩の青田さんと一緒に作業をする奈緒子は観光・イベント関係の仕事を請け負う会社で仕事をしている。青田さんはもう十年以上この仕事をしているベテランスタッフだ。

 ゴールデンウィーク真っ只中。後半の三連休に向けてイベント会場で忙しく作業をする。その日も都内にある公園の一角でメイン会場となる舞台を設営していた。音響の担当者や照明のスタッフの人たちと確認しながらステージを作っていく。

「明日は十時から始まるんだよね」

音響の竹内さんが奈緒子に確認する。

「そうです」

「司会の高橋さんは明日は何時に入るの?」

「七時くらいに来られるそうです」

「そう、結構早く来てくれるんだね。一応、始まる前にマイクのテストとかしときたいから」

「大丈夫です。リハーサルの時間も取ってますから」

 今回のイベントでは舞台周りの設置ばかりでなく、出演者やスタッフ、イベントのタイムスケジュール、出演者やスタッフのお弁当の手配まですべて奈緒子たちの会社が管理する。

 請け負うイベントによって、ビッグカンパニーと呼ばれるような大きな劇団や、オーケストラ、バレエ団など専属のスタッフがついているようなイベントは『お手伝い』程度の仕事になる。区や市が大々的に行う夏祭りや花火大会なども関わるときは『お手伝い要員』だ。それに対して、連休中などに公園で行われる一般市民が主役のような小規模イベントは、一から十まですべて奈緒子たちの会社が取り仕切ることも多かった。今回のイベントが、まさにそれである。

 学生時代、学校の文化祭などのイベントには積極的に携わってきた。だからイベントに関わる仕事は楽しい、自分に合っていると思って就職したのだが、実際にこれが仕事となると、とにかく世間一般の人の休日が仕事になる。最初はこれを楽しいと思っていたが、こう毎回続くと、人と同じときに休みたいと思うようになる。

 入社当時、先輩から、

「人が働いているとき休めるよ」

「遊園地や観光地も人の少ないときに行けるよ」

と言われた。確かに、それは間違いないことだった。

 しかし、いつも友人と休みのスケジュールが合わず、一緒に遊びに行く友達がいない。いつも一人で過ごす休日はやるせない。イベントに来るカップルや家族連れが楽しそうに過ごしている姿をスタッフとしてみる。学生時代の文化祭も一日二日ならスタッフ側で関わるのも楽しいが、『何か想像していたものと違う』と思う気持ちが強くなってきている。

 奈緒子が住んでいるところは、東急田園都市線、二子玉川駅が最寄りの駅だった。会社が渋谷にあったので電車一本で行けるところに住みたいと思い、田園都市線で行ける二子玉川駅の近くに住むことにした。しかし、働き出してみるとイベント会場へ直行、帰りはイベント会場から直帰ということも比較的多く、渋谷駅へ電車一本という条件は果たしてどうだったんだろう? と思うこともあった。

 毎日一日があっという間に過ぎた。家に帰って時計を見ると日付変更線まであと少し……そんな日が続く。

 その日も仕事を終えて家に帰ると、もうそんな時間になっていた。スマホに目をやると実家の母からのLINE『お盆休みは帰ってくるの?』

「お盆休みねえ」

毎年『お盆』といえば、何かしらイベントがあり、この一、二年、世間が『お盆休み』という時期に休みが取れたことがない。

「お盆休みねえ……ハア……夏祭りとかいいなあ……夏祭り……イベントだ……たぶん今年も忙しいぞ……たまには、お客さんの側で楽しみたいなあ」

ため息が出る。

「明日も忙しいぞ。寝よ」


 それから数週間後。先輩の青田さんから声をかけられた。

「奈緒ちゃん、いつも頑張ってるね。今年はお盆休み取りなよ」

「え、お盆って忙しいでしょ」

「いいんだよ。ゴールデンウィークもつぶれちゃったしね。他のスタッフで回していくから。たまにはゆっくり休んでよ。それにお盆明けはイベントあまり入ってないし。二週間くらい休んじゃえば」

「え、予定入れちゃっていいんですか?」

思わず顔がほころぶ。

 この時期に二週間も休みをもらえるとは思ってもみなかった。休みはだいたい申告した時期にもらえる。しかし会社の中で暗黙の了解というか、『ここは忙しくなるだろう』というような時期は、やはり休暇を申告するのがはばかられる。

奈緒子は、もう一度、青田さんに確認する。

「本当に予定入れちゃっていいんですか?」

「いいよ。どうせ休みあげるんだったら早めに言ってあげないと、急に一週間前くらいに言われても予定も立たないでしょう……なんて思ってね」

そう言われて休暇をもらった。それから数日間、休暇の予定をどうするか考え、結局、実家に帰省することにした。

「お盆に帰省するのは何年ぶりだろう」

帰省は毎年しているが、この時期に帰るのは久し振りだった。この時期なら地元を離れている学生時代の友人にも会えるだろう。

 友人数人にLINEを送る。地元にいる友人にも連絡し、早速、仲の良かった友人数人と会う約束ができた。

そんな五月のこと。

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