第10話 白の着物、つきたての餅、てっぺんの柔らかいところ

 朝礼が終わり、先生が出て行き騒がしくなり始めた教室の中、僕は机上の紙を見つめている。これに、体育か美術、どちらの授業を選択するか放課後までに記入しなければならない。どちらにしても、授業は二組と合同で行うそうだ。二組は、僕を蹴飛ばしたあいつの居る組だ。活発なところから考えるに、体育を選択するに違いない。では、迷うことはない。美術一択だ。

 選択理由は、なにもそれだけではない。運動なら、パムさんとするので十分すぎる。今だって全身筋肉痛なのだ。とても体育は嫌だ。


 美術の欄にチェックを付ける。選択理由には「葛飾北斎がすきだから」と書いた。実際はかの有名な、うなる波の絵の名前も、僕は知らない。


 昼時間、僕は昨日とおんなじように、紅葉さんたちと弁当を食べた。もちろん、弁当は僕が買いに行かされた。今日は蹴り野郎と出会わなくてほっとした。


 切さんは、今日も喋らなかった。節子さんに彼氏の居ることが分かった。紅葉さんがどんな男なのか捲し立て質問していた。

「どんな男なんだよ」紅葉さんはお箸で鮭をほぐしながら言った。

「とってもいい人よ。岩みたいなの」節子さんは雲のような、ふわふわした口調で答えた。


 節子さんは喋り方以外にも、容姿、雰囲気など、すべてがふわふわしている。紅葉さんとは正反対だ。二人は(切さんもそうだが)どういう経緯で仲を深めたのかな。

「岩?」


「お前、もうあのマフラー巻かないのかよ」紅葉さんは顔をこちら向いて、僕の首元を見た。

「え? う、うん。もう当分は巻かないんじゃないかな」パムさんは今日、街を散歩すると言っていた。もう学校には飽きたそうだ。昨日の、たった一、二時間ぐらいしか居なかったのに。

「似合ってたのに」心持恥ずかしそうに、最後辺りは消え入るように、僕の横に座る女の子は言って、ペットボトルのふたを回した。

 そんな、赤くなりそうな横顔を案外に思って、自己紹介の時にからかわれた時のように、僕は返事を忘れた。


 放課後になり、僕はまっすぐ下宿所へ帰った。本当は今日も紅葉さんの家へ行きたかったけれど、パムさんと特訓の約束をしたからしようがない。


 パムさんは、せまい畳の上で、大の字になって寝ていた。起こすとすぐ特訓に行かなかきゃならないだろうから、放っておこう。靴を脱いで、鞄をそっと部屋の隅に、割れ物のようにおいて、パムさんのそばに座る。呼吸のたびに、彼女のからだがゆったり上下している。仰向けだから、乳が重力に負けて、それでもまるい形を保ってちょっと平たくなっている。


 白の着物と、あのつきたての餅のような柔らかい部分に手を突っ込みたい。そうして、餅のてっぺんの硬いところをつまみたい。

 ふと、彼女の頭あたりから屈んで見れば、硬いところが覗けようと思って、試してみた。しかし残念、見えない。着物がなんとも微妙に、見えそうに見えない完璧な位置を保っている。僕がこうして、販売機のしたの小銭を漁るような恰好していると、パムさんの目がぱっちり開いた。彼女は一瞬間天井を見て、すぐに僕と目を合わせた。


「一大、何してるんじゃ」と彼女は言った。

「いやあ、あの、河童の気持ちを知りたいと思って」立ち上がって、誤魔化すために僕は頭を掻く。

「河童は二本足で歩くじゃろう」

「そうでしたっけ、あはは。そんなことより、特訓行きましょうよ」


 ああ、特訓、嫌だ。


 

 


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