第6話 ずっしり重たげな乳房

 僕は今、どうしてか分からないけれど、女の子三人と昼食を取っている。隣には紅葉さん、真向いに節子さん、斜め向かいに切さん。なんで、こんなことになっているのだ? 首を傾げずにはいられない。

「首が痛いのか」と紅葉さんは僕を見て言う。

「いや、違うんだ」

「じゃあなんで、首曲げたんだ?」

 結構追及してくるな。そんな気になるかね。


「どうして、僕を昼食に誘ってくれたんだろうって」思い切ってそう聞いた、というよりは、紅葉さんの視線に負けて言ってしまった。

 紅葉さんは、その強い視線を僅かばかり弱めた。そして僕から顔を逸らし、ペットボトルを開けて紅茶を飲んだ。豪快に。彼女の色のよい桃の唇と、白い飲み口がくっついて、紅茶が喉をとおっている。人間の節子さんが紅葉さんにくすり笑った。

「なんだよ」紅葉さんがほんのすこし前かがみになり、そのずっしり重たげな乳房を軽そうに動かし机上に乗せ、つんつん尖った声色と共に、節子さんを睨んだ。

「なんでもないの」節子さんは、赤子を抱える聖母マリアのような表情である。


 節子さんは、ゆるくまとめた三つ編みを肩から前に掛けている。このゆるさが、彼女にぴったりだ。もう一人の、雪女の切さんは未だ声を聞かない。黙って弁当やペットボトルを口にしている。ちっとも居心地悪そうではない。紅葉さんと節子さんも、そんな切さんに気遣う様子はないから、切さんはいつも大人しいのだろう。蒼白い顔の、小さな口を小さく動かし、ゆっくり食べている。


 僕はそういう、僕にとっては奇妙な光景のなかで、昼食を取ったのである。


 午後には、校舎案内があるだけだった。初日だけの早い放課後を迎え、それでも大仕事を終えた気分になって、鞄を肩に掛けた。そういえば、パムさんは昼前あたりから居なくなった。どこへ行ったのだろう。僕の肩からぬくっと降りて、とたとた窓辺に到着すると、軽やかに超えて外へ行ってしまったのだ。


 さっさと帰ろう。今日こそ百均にて万能台を買わねば。と思うけれど教室の出口と僕にあいだに、飛び越えられない壁がある。紅葉さんが居る。

 顔を斜めに視線を宙に漂わせて紅葉さんは「お、おい」と言った。

「はい」と答える。明らかに僕に言っている。

「もう、帰るのか」短い横髪を、角に絡めるように指でくるくる、くるくる。

「はい、そのつもりです」

「じゃあ、俺も帰る」

「そ、そうなんですか」

「ちょっとおと……お手洗いに行ってくるから、門のとこで待っててくれ」

「わかりました」


 紅葉さんが僕に背を向け、きびきび歩き出してから、一緒に帰ろうと誘ってくれたのだと気づいた。嬉しい。二人きりなのかな。節子さんと切さんも一緒なのだろうか。ともかく、門に行こう。足が、普段の半分の重さになったようだ。しかし彼女も妙だな。なんだって僕なんかと帰りたがるんだろう。も、もしや悪いことに僕を利用するつもりなのだろうか。でも、今から逃げたら明日どうなっちまうか。そう考えながら、教室を出た。


 びくびく、あの男は居ないだろうか。本当に同じ組じゃなくて良かった。居た、運悪く、ちょうど目の前に居る。そしてもっと運の悪いことに、向こうも僕の存在に気付いてしまった。

「良いとこで見つけた。ちょっと来い」彼は僕を見ながら、悪い顔になった。

 逃げよう! 一歩踏み出す、体が宙に浮く。あっという間に、僕は彼の小脇に抱えられていた。彼の胸元から、変な感触がある。柔らかいのだ。なんかつめてるのかな。わたとか。



 


 






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