第5話 「どこ行くんだよ」 「絶望です」
やっとこさ弁当を人数分抱え、僕は教室へ戻った。教室では、だいたい生徒たちの半数が家から持ってきた弁当や、購買弁当を机にひろげていた。残りの半数は、中庭のテーブルだとか、どこかに移動したのだろう。
紅葉さんと、雪女の切さん、人間の節子さんは、僕の机を巻き込んで、四つの机を一つの大机にして座っていた。もう一人、ここへ来るのだろうか。勝手に机を取られてしまった。僕はどこで弁当を食べれば良いのだ。
僕は弁当をそれぞれに手渡して、続いて余ったお釣りを返そうと懐に手を入れた。
「飲み物は?」と紅葉さんが、僕の顔を見て言った。
「え? あ、ああ。ただいま」
教室を出ながら、前もって言ってくれよと思った。しかし、弁当四つにペットボトル四本は、僕の小さな体じゃあ厳しいな。いや、誰だって厳しいか。中庭に設置された自販機には、まだ結構人が並んでいる。どんな飲み物があるのか、僕がちっぽけなせいで、みんなの背に隠れ見えない。
僕の晩がやって来たのは、五分くらい経ってからだった。
どれにしようか。まあ、無難に紅茶で良いか。僕は水にしよう。それにこの二本は一番下の段にあるから、かろうじて僕の背丈でも届く。
自販機の飲み物は一律百円である。百円玉を四枚押し入れて、紅茶のボタンを三回、水のボタンを一回押す。ぼとんぼとん、ペットボトルが落下する。それらを胸いっぱいに抱える。
「お前、入学初日から使いっ走りかよ」とあざける声が僕に向けられた。
あの、僕を蹴飛ばした男だった。取り巻き見たような男も二人居る。
無意識に、へりくだった負け犬のような笑みを浮かべ、僕は逃げた。
わあっと、叫びたい感情に駆られる。僕はなんて情けない人間なのだろう。言い返すことも、睨みつけることもせず。実際、使いっ走りだからかな。それだけじゃない気がする。僕は生物的に、社会的に、彼に叶わないと理解しているのだ。あれが僕なりの防衛行動なのだ。
教室に入る。僕の小さな足音に、紅葉さんが振り返って「おせーぞ」と言った。
「すみません」四人目は、まだ来ていないようだ。
飲み物を渡す。切さんと節子さんはそれぞれありがとうと言ってくれた。紅葉さんはぶっきらぼうによくやったと言ってくれた。こんな言葉たちにも一々嬉しくなってしまう。僕は随分簡単な人間だ。
僕はトイレへ行くために、僕の机の弁当を手に取った。
「何してんだお前」と紅葉さんは眉と目をちょっと近づけた。
そ、そうか。これは僕の弁当ではないのだ。四人目の、これから来る者の弁当なのだ。絶望、彼女たちに背中を向ける。出入り口の扉は開け放たれている。トイレまで二分と掛からない。僕の、今の歩き方に擬音をつけるなら、とぼとぼ、というのがぴったりだろう。とぼとぼ、とほほ。
「お、おい」慌てたような紅葉さんの声だ。「どこ行くんだよ」
半身になって、顔を紅葉さんに向ける。「絶望です」
「何言ってんだお前、座れよ」
「え? 良いんですか」
「良いんですかって、お前の机だろ」紅葉さんは、ちょっと後ろにひかれた椅子の座面をとんとん叩いた。なんだか、彼女は年上の、優しいお姉さんに思える。
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