第3話 丸い山に触れる。学校の支度、変身。
「今日は疲れたから、特訓は明日からじゃ。さあ、飯をつくれ。そうだお前、名はなんという。おいらはパムじゃ。よろしくの」
「パム?」と僕はびっくりして言った。西洋風だ。
「なんだその反応は。可笑しいか?」
「いえ」
彼女の、パムと言う名前に驚いてしまったのを、なかったことにするため急いで立ち上がる。
「僕は
「うむ、よい名じゃ。漢字ではどう書く?」
「数字の一に、大きいの大です」
「良い名じゃが、お前の親は随分てきとうじゃな」
両親の顔が浮かぶ。確かに、二人共結構いい加減な性質を持っている。良い親だけれども。ちなみに母は節、父は文雄という名だ。
「確かに、安易ですよね」
こうして、僕とパムは出会った。
翌日、僕はまだ暗い時間に目覚めた。壁に掛けられた古時計によれば、まだ五時三分だ。実は夜中に何度も目覚めた。普段なら一度も半端に起きず大体七時すぎくらいに目覚めるが、今日は特殊な事情がある。高校の入学式なのだ。嘘である。いや、入学式が今日なのは事実なのだが、眠れない理由が嘘なのだ。僕のそばにパムさんが眠っている。同じ布団の上だ。微かな寝息が聞こえる。寝巻はないから、そのままの格好だ。
夜中に見た、あお向けに寝るパムさんの胸は、まるい山の輪郭のようだった。僕はその時罪を犯した。丸い山がほんの近くにあるものだから、指を伸ばしてしまったのだ。触れたそれはふにゅんと、温かみを僕の指の腹に返しながら、輪郭をやわらかく崩した。
もう寝れそうにないので、僕は布団からそっと出た。布団は、殆どパムさんに占領されていた。でも、文句を言う権利はない。
水をコップ一杯飲んで、トイレで用を足し、歯を磨いた。戻ると、やはりパムさんはぐっすり寝ている。そんな彼女の谷間と、それが描く線を見て、僕の下半身はぐっと熱くなった。おかげで、僕はまたトイレに行かねばならなくなった。
パムさんが目覚めたのは、七時半を過ぎた頃だった。僕はそれまで、無駄に何度も制服を着たり脱いだり、普段ならしない朝っぱらからの読書や、軽い体操をしたり、落ち着かぬ時間を送っていた。
五回は脱ぎ被りを繰り返した制帽を被りながら、僕は「おはようございます」と言った。
パムさんは「んーっ」と両腕をのばした。両耳がぴくぴくっと動いて、それが朝であることを自分自身に言い聞かせているようだった。
「おはよう一。水を送れ、喉渇いた」ふあーとあくびし、上体をむっくり起こした。
「はい」
コップ一杯の水を、パムさんは布団の上であっという間に飲み干した。足りないと言うので、また水を入れて持って渡すと、またまた足りないと言う。結局彼女は、六杯飲むまで満足しなかった。
「おや? 改まった格好で、学校か一」パムさんはたった今、気づいた様子で言った。
「ええ。高校の入学式なんです」
「お前、おいらが起きなかったらどうしてた?」四つん這いになり、狐らしい動きで素早く足元までやって来た。僕の背丈が低いから、これでもあまり視線の高さに差はない。
「置手紙でも卓上にして、行くつもりでした」
「なぬっ?」パムさんの長い手が、だぼっとした裾の中へ侵入し僕の足首をがっと掴んだ。
手は、朝っぱらだというのにとても暖かかった。足首のみが、湯たんぽに触れているみたいだ。
人間のメスは冷え性が多いそうだ。彼女は例外なのだろうか(僕は人間の、メスに関する知識だけは、本でよく知っている。つもり)。ああそうか。パムさんは人間じゃない。かと言って、妖怪でもないらしい。
「許さんぞ、わしも一緒に行く」
「目立ちますよ」きっと校長先生の挨拶中でも、生徒たちの視線は彼女へ釘付けになる。
「馬鹿ちん。この格好で行くわけないだろう」
パムさんはすっと立ち上がり、ぱっと手を叩いた。彼女の身体が、もうもうと白い煙に包まれ、僕は何故か吹き飛ばされた。その拍子に目を瞑ってしまい、開けると眼前に大きな白い獣が居た。獣は「間違えた」と低く言い、再び煙に包まれた。今度は僕の身体は吹き飛ばされなかった。小さな、真っ白い、ふわふわ毛並みの犬のような獣がちょこんと後ろ足を折り曲げ、舌を出し僕を見上げている。
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