第2話 耳、たゆんたゆん、望み。

 彼女の狐耳は、如何にも本物らしかった。

「なんじゃ。なにか言わんか」女は素足をかかとから優雅に着地させ、ぐっとかがみ僕を見下ろした。そのせいで大胆に胸はたゆんと揺れたが、不思議なことに露出度は大して変わらなかった。

「つまり、あの、あなたが僕をつけていたという……」

「うむ、そのとおり。お前の逃げる様はなかなか面白かったぞ。今度またやろう」

 無邪気に口角を上げた彼女に、嬉しくなってしまう。


 ゆっくり立ち上がる。

「でも、使者なのに神社から離れてしまってよいのですか」と僕は言った。

「良いんじゃ」彼女は僕から体を横向きにし、容姿とは不相応に、唇を尖がらせた。「だって、全然人来ないんだもん。今日だって、お前と、あの女しか来なかった。神様も昨日怒ってどっか行っちゃったし」


 詳しく聞きたいが、やめておいたほうがよさそうだ。

「で、どうなんじゃ」僕へ正面向き直し、彼女は腕を組んだ。「おいらのしもべになるか。ならぬのか、どっちじゃ」

「なります」即答した。


 こんな綺麗な女性のしもべなら、いくら生まれ変わったってなりたい。

「よい返事じゃ。ところでお前、望みはあるか。どうしても叶えたいことはあるか」

「はい、あります」言いづらいけれども、聞かれる流れだ。

「言うてみろ、叶えてやる」

「本当ですか!」

「本当本当、おいら、嘘はつかぬ」

 なんとも軽く彼女はそう言った。嘘っぽさ、後ろめたさは微塵もなく。


 おっぱいが揉みたいって言いたいけれど、恥ずかしくて言えない。

「お、女の子と……」

女子おなごと?」

「……」

「はっきりせんのう、殺すぞ」


 両脇を、彼女の長い腕に差され、僕はまるで親にあやされる赤子のように持ち上げられた。高い高いをされはしない。位置は、ちょうど彼女と僕が平行に目の合う高さだ。

「ん? 死にたいのか?」白い眉の根に、しわがちょっと寄る。

「死にたくありません」

「じゃあ願いを言え」

「色んな女の子と、仲良くなりたいです」と僕は彼女の瞳を真っすぐ見て言った。


 彼女の唇が引き結ばれ、心持頬が膨らんだ。掴まれていた感触が消え、視界が動く。

「いてっ」本日二度目、僕はしりを強く打った。

 それと同時に、彼女の「あははは」という、高く笑う声が部屋中に響いた。部屋中どころか、下宿中に響いたかもしれない。

「しょうもねえ」お腹を抱え、身をかがめている。

 これほど豪快に笑ってくれると、なんだか恥ずかしさをあまり感じない。しかし、本当に不思議だ。楽し気に、大きく動いたのに胸がはだけない。魔法でもかかってるのかな。胸も、その半分を隠す着物も、ゆるゆるするのだが、一向はだけないのだ。


「よかろうよかろう」やっと笑い終えた彼女は、笑い泣きによって生まれた目の端の涙を、すこし曲げた人差し指で拭った。「その望み、叶えてやる」

 僕はそんな彼女を、彼女の立つ畳と同じ一枚の上で、気づくと正座で見上げていた。

「あ!違った」と彼女は、何か劇的な出来事を一瞬間に経験したみたいに言った。

「え、違うんですか」もしや、叶えられないのか。愕然として、着物の、桜の花びらを見る。薄い、よく眺めないとわからないくらいの桜の花びら。あれ? 動いている。花びらは儚く、ゆらゆら、ゆらゆら。散り、舞っている。

「すまぬ。叶えるのは無理だ。おいらはお前が、その望みを叶えるのを手伝う。それでもよいか? 第一な、叶えて貰ったって虚しいだけじゃ。自らつかみ取らねばならん。そうだろう」

 最後のはちょっと良い訳じみていたが、僕は「はい」と頷いた。








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