第58話

 敵のクローキングデバイスは俺の攻撃により不調を来たしたらしく、敵の黒衣が露わに成る。

 俺は敵の状態を確認する為に倒れ伏した相手に注意を向ける。それが良く無かった。


 この黒衣の集団はこれまで一人ずつに散開した所を襲っていたので、自然と奇襲を仕掛けて来た此奴も一人だと思い込んでいた。

 その傲慢な考えは右脇腹に走る唐突な鋭い痛みで掻き消され、代わりにパニックや恐怖を植え付けられる。


「ジョン、動いて!直ぐに反撃するんです!」


 初めてガスの叫びを聞いた事に驚く余裕も無いまま、痛みの無い左側へ身体を傾け、肩から転がる様にその場を離れた。

 ガスが襲撃者の使用するクローキングデバイスの不可視フィールドを解析したらしく、直ぐに黒衣が露わに成る。


 俺は敵の姿が完全に表示される前に奴へ攻撃を始めたが、奴は今までの奴と違い身軽にそれを躱して部屋の外へ消えた。

 俺はソイツの残影を追う様に光弾を放ちながら、縺れる足で元来た道を戻る。


「ガス、傷口を見るのが怖いんだが見なきゃダメか?スキルが傷口の確認と応急処置を急かしてる気がする。」

「いいえ、それは気のせいです。傷口は既にスーツとジェルが塞いでいますし、ナノマシン入りの薬品が自動塗布されて治療を始めてます。応急処置は確実に施されますが完治には至りません。早く治療を受けるべきです。」


 俺は何とか射線の通り難い所で腰を下ろし、ガスへ愚痴を言うと焦った様な口調ながら、ガスから現状を伝えられる。

 手で傷口辺りを弄ってみると、彼の言う通りスーツは破損を修復しており、直接確める事が出来なくなっている。


「アイツ等にこれに反応しなかったな。無駄だったのか?」

「どうやら、彼等は此方の装備を分析した様ですね。特殊フィールドがレーザーを掻い潜る波長に調整されています。発振器に細工をして此方もレーザーの波長を調整しましょう。」


 俺は人生初の重傷から気を逸らす為に、胸に着けたレーザー発振器を小突きながら、ガスへ話し掛けて新たな話題に移った。

 確かに俺は油断もしていたが、最初の奇襲を受けた時からこのレーザー発振器は役に立って居なかったのだ。

 

 ガスは早口で予想を捲し立てると、装置のプログラムを遠隔で書き換え始めた。

 どうやら発振するレーザーの周波数をランダムに変調する事で、奴等の対策を無効化する積りらしい。


「ガス、俺に嫌なプレゼントをくれた阿保はヤバかったな。動きが他の奴より俊敏な気がするぞ。」

「そうですね。彼の俊敏さは近ヒューマノイド系であるか、軽度のサイボーグ化手術を受けてる事の証左でしょう。今までの相手よりも手強そうですね。」


 一時的な体調の悪化の所為で、マスクを外して深呼吸をしたくなるのを堪えながら、ガスに敵の愚痴を話す。

 彼は敵を捕らえた数少ない動画から、元の世界に居る様な只の人とは違うと答えを導き出した。


 アイツは俺に突き刺したナイフ以外にも大きな鉈を腰からぶら下げており、如何にも近接戦闘が得意そうだった。

 格闘戦に特化したスキルを持って無い俺では、真正面から挑むには厄介そうな相手だ。


「ガス、この戦いが終わったら、治療ついでにサイボーグ化の手術を受けるのもありだな。」

「いいですね、ジョン。有機強化筋繊維やメタル製高密度骨格、外部脊椎型データ処理ユニット、エンハスドアーム。候補を上げればキリが有りません。」


 ガスは何時もの様に俺の愚痴に付き合ってくれたのだが、何故かウキウキとアップグレード内容を列挙しだした。

 彼は俺の強化に繋がる内容に成ると、テンションが僅かながら上がる所が有る。


「そろそろ行くか。アイツの居場所は捉えてるか?」

「バッチリです。一撃で仕留められ無かったのが奴の落ち度です。」


 ガスは支援AIとして支援対象の俺が傷ついた事に少なからず苛立ちを感じている様で、語気が強く成っている。

 俺を襲撃した者は更に上位者が居るのか、この建物を離れ敵の集結地点に向かって移動していた。


 そのルートから敵も屋内に近道を作っている事は確実だ。

 ガスはそのルート上に不審物等が無いか既に確認しており、

 

「アイツと真っ向からやり合うのは馬鹿らしいな。今度は確実に仲間の援護を受けるだろうし。ガス、良い作戦は有るか?」

「現状では情報不足で判断出来かねます。先ずは、拾える物を探す所から致しませんか?」


 俺はガスの提案に従って倒した相手から、装備品を入手出来ないか確認しに行く事にした。

 諸々ダメに成っていたが、何とか情報端末は無事だった。既に解析を終えた物をその場に捨て、その端末をバッグに仕舞う。


 他にもサブマシンガンのマガジンは無傷だったので、それも頂いて継戦能力を確保して移動を再開する。

 怪我の所為かナノマシンの麻酔の効能なのか、引きつる様な感覚を脇腹を庇いながら、刺した奴の跡を追う様に歩みを進め、少しでも相手との距離を詰めて行く。

 

 ガスは入手した端末から敵の通信方法や帯域を調査しており、奴等に対して優位性を確保出来ないでいる。

 先に進むには色々な面で心許ないが、先に進んで妨害装置を破壊しない事には脱出も難しい。


 敵集団の殲滅が出来れば一番良いのだが、ガスの簡易戦力分析と俺の直観では無理だと出ている。

 俺は後ろ向きに成る思考に気付かないふりをしながら、隣の建物へ続く大穴に辿り着いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る