3. 昨九月 / 好きかもしれない

昨年の九月、男は女と毎週のように会っていた。大阪と同じように長野にも泊まりで遠征した。遠征先ではライブだけでなく観光も楽しみ、周りから見れば仲の良い恋人だった。親密な関係がはじまる前から遠征を含めた二人の行動パターンは変わっておらず、互いのパートナーが不審に思うことはなかった。


男は女の気持ちが高まっていると感じていた。男がメッセージの返信を滞らせると、女は男がパートナーと仲良くしていることを想像し嫉妬らしい反応をみせた。SNSで他の女との絡みもチェックしており、自分への返信の順番が低いことに不満を表したりもした。また会った時にも女は別れ際になかなか帰ろうとせず、好き、と呟いた。続いて、だけど帰っていくあなたは嫌い、とも言った。男は女に依存されているようにみえた。


男は面倒だと思った。ただ悪い気分にはならなかった。純粋に人から求められることが嬉しかった。パートナーとは10年も一緒に住んでおり、役割分担とともに想いも存在も棲み分けられていた。女から感じる想いは非日常であり、男の心を十分に癒した。


そんな男が心の中で女に言った。

「好き、かも」

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