その日

「糸ちゃん、大変だったね」

「うん、とにかく熱が下がらなくて。細菌性の風邪だろうって。京子ちゃんにうつらないといいけど」

「きっと大丈夫、体力もついたから」

「京子ちゃん、何だか背も伸びたみたいね」

「うん! うれしい!! 私アタッカーだから」

京子ちゃんはバレーボールに夢中のようだ。私は夢の中で会う、多分本物の人達のことがずっと気にかかっていた。


すると

「お前ぼんやりしてるな」

学校の廊下で急に礼から言われたのでびっくりした。

「ワカメがやっぱり原因じゃないのか? 」

「あ・・・・・まあ・・・・・お医者さんが言うには、それはちょっと違うかもって。でももう大丈夫、だって私より大変な人たくさんいるから」

「ん? うん・・・・」

礼は複雑な表情をした。



家に帰ると

「糸ちゃん、大丈夫だった、学校? 」

「うん、ちょっとだけつかれたけど」

「旅は来週にしようね。フェアアイルの最後の旅になる、この前よりもっと寒くなるから気をつけよう」

「うん、体調管理をしっかりしないと。ミミミはサッカーの監督みたい」

「試合みたいなものかな」

「試合以上でしょ? 」

そんな風に話すことも出来るようになった。あのロボットさんが言ったように、やっぱり体の事は、ミミミにちゃんと伝えておかなければいけなかった。

そして、フェア島への最後の旅の日になった。


「糸ちゃん、今日はもしかしたら僕はほとんど隠れていなければいけないと思うんだ。もし困ったことが起きたら、人と羊の群れから離れて話しをしようね」

「うん、わかった」

「じゃあおやすみ、後でね」

「おやすみなさい、ミミミ」



 目が覚めはじめると、フェア島の風を感じた。ここに来たのはまだ三回目なのに、何だか懐かしく思えたのが、自分でも不思議で面白かった。そして前より少し冷たくなった風の中、やっぱり羊の私は海藻を食べていた。

「ああ、やっと静かになるな」

羊の仲間達は食べながら話しをしていた。

「さっき見たけど、すごい船だったなあ。ちゃんと迎えに来るんだ、人間もえらいな」

「そうじゃなきゃ、島の人間が食べるものがなくなってしまうだろうに」

「ハハハハハ」

「え? 迎え? 」

私の声に

「さっき上で見たじゃないか」

と一匹の仲間の羊が言うや否や、私はもう坂を上りはじめていた。

「スペインの人間が来て、あいつ変わったな」

「でも時々だぞ」

仲間の声が聞こえるけれど、私はとにかく島の上に登った。

「あ!! すごい大きな船! 全部木でできてる! 」

沖には、立派な船が何艘か浮かんでいた。

「そうか、糸ちゃんはあんな大きな木造船は見たことが無いよね」

帆があって、その帆には赤い十字架が描いてある様に見えた。船の形は今のものとそう変わらなくて、前と後ろがとんがっている。でもまっすぐな木が、あんな風にきれいにカーブするのが、本当にすごいと思った。

「じゃあ、みんな帰っちゃうんだね」

「あの大型船はここの港には入れないだろうから、きっと港から小舟で向かうはずだよ」

「港に行ってみたいな・・・いい? ミミミ? 」

「いいよ、だったら急がないと」

「うん! 」

私はちょっとジャンプするように走り始めた。

「羊ってこんなに早く走れたかな? それとも糸ちゃんの力? 」

「違うよ、きっとこの子の隠れた力だよ」

楽しく話しながらも、とにかく急ぐことにした。


そして港が下に見えるところに来ると、多分島中の人が集まっていた。港には前よりたくさんの船があるけれど、まだ誰も乗ってはいなかった。

「私が行ったら、邪魔かな」

「良いと思うよ、きっとみんな喜ぶよ」

ミミミはそう言ってくれたけれど、私はなるべく蹄の音をたてないように、みんながいるところに近づいた。鎧を着ている人もいる。でもここにたどり着いた時とは真逆で、とても元気そうだった。

すると、急にしんとした。見ると、ミミミが船団長と言った人が代表して話し始めていた。

「本当にありがとうございました、私達がこの島に流れ着いた事こそ、本当に神の下さった最高の幸運でした」

すると島の人の一人が

「私達こそ、本当に良い経験になりました。このことはずっと子孫にも話してやりたいと思います」

そう言って胸に手を当てた。その人はセーターを着ている様だったけれど、他の人も楽しげに体のどこかを指していた。よく見ると、セーターの一部分のようだ。それを見てスペインの人達もにこやかな顔をした。

すると

「僕のが一番大きい!! 」大きな声で島の小さな男の子が手を挙げた。その子は手袋、ミトンをしていて、そのミトンにはきれいな十字模様が入っていた。

「そうだな、君が一番だ! 」そう言って笑いはもっと大きくなった。

「わあ! ミミミ! あの模様きれいね、近くで見てみたい!! 」

ちょっと大きな声で言ったので一斉にみんなが私の方を向いてしまった。

「ああ! 神の羊!! あなたにまた神が宿っているのですね!!! 」

そしてあの男の人が私の所に駆け寄ってきた。



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