遭難

「え! 間違ったって、何を? 」

「糸ちゃん・・・・悪いけど・・・・今日はちょっとこれで帰ろう。僕来る時を間違えちゃった、よりによって・・・・」

「よりによってって? 小船に乗っているあの人達って、大きな船が沈んで、この島にやって来ているんでしょ」

「うん・・・そうなんだけど・・・」

「じゃあ、行って助けてあげなきゃ、私、いま羊だけど、きっと何か出来るんじゃ」

「あ・・・・え・・・まあ・・・・」

ミミミはシドロモドロでずっと考え込んでいる。

すると急に風がものすごく強くなり、まだ遠くの小舟達が今にも大波に飲まれそうになっている、叫び声も聞こえて来る。

「いけない!! 船が沈んじゃう!!! 海よ! 静まって!! あの船達がこの島に来るまで!!! 

マムーカアルバトラッパストナトナミンカ!!! 」

私は思わず言ってしまった。

「糸ちゃん・・・・」

ミミミの声は私を責めている所部分はほとんど無かったけれど、とにかく今まで聞いたことのない「複雑な声」だった。

また前の呪文も省いて言ってしまったことを、ミミミに謝らなければと考えるより

「あ! すごい! ミミミ、お天気が急に良くなったよ!! 」

今まで灰色だった海が、呪文の後、一瞬で深い青い鏡のように静まり返り、空には白い雲がぽっかり浮かんでいる。まるで紙芝居をめくったように、あまりにもすぐに変わりすぎてしまった。沖からはサッカーの歓声に近いものが聞こえる、そして小舟達はスピードを上げ、一直線にあのワカメのあった場所へと向かっていた。

「行ってみよう、ミミミ」

「うん・・・」

「すごいね、呪文ってお天気も変えられるの? 」

「そうみたい、実は僕も初めてで」

「そう、でもとにかく良かった」私がぴょんぴょんと岩場を飛ぶように進むと

「糸ちゃんは体の使い方が上手だね」

「だって猫になって犬になって羊でしょ? 四本足に慣れたのかも」

海のほうをもう一度見ると、船はどんどん近づいてきている。すると

今度は羊たちの声が聞こえた。

「なんだ、なんだ! あれは危険な奴らじゃないのか? 」

「逃げよう!! 」と羊たちはあっという間に急な坂を登って島の上に登ってしまった。

「危険?? 」

私は助けることに夢中でその人達がどんな格好をしているか知らなかった。よく見ると、服だけの人もいるけれど、灰色か銀色か、重そうなものを着ている人が多い。

「あれって・・・外国の昔の甲冑だよね、ってことはあの人達は海賊? 」

「海賊じゃないよ、多分・・・海軍、軍人だね」

私は初めて陸のほうを見た。ここからでは家は全く見えないけれど、島にそれほどたくさんの人が住んでいるとは思えない。一方、船は私が想像していた数よりかなり多くて、その上人がいっぱい乗っている。合わせたら百人、それ以上の人がいることは間違いない。

「私大変な事しちゃったの? ミミミ」

「あ・・・糸ちゃん・・・それはね・・・・その・・・・・」

すると、一艘の小舟はもう海岸にたどり着き、一人の男の人が浅瀬の海を走って私のほうに向かってきた。服はもちろん濡れて、汚れて、体はやせているようだったけれど、笑顔でこちらに向かっているのはわかった。

「そうだよね、遭難したんだから、大変だよね・・・」

気が付くと男の人は目の前にやって来て、すぐ羊の、私の首に抱きつくと

「ああ! あなたこそ神の羊!! 我々を助けて下さった! あなたの声が天に届き、きっとこのような奇跡をおこしてくださったに違いない、あの大波に飲まれたら・・・きっと何人かは死んでいたでしょう、ありがとうございます、神の羊よ」

「え!! 」と私がびっくりすると、もちろん男の人には「メー」と聞こえているのだから

「ああ、そうですよね、ありがとうございます、ありがとうございます」

私に抱きついたままだった。するとあっという間にこの場所は人だらけになり、

「確かに信じられない天候の回復だ・・・・海に生きている我々から見ても、こんなことはあり得ないが・・・この羊がやったというのか? 」

 甲冑を着て、剣を横に下げた人が、私の側にやってきていた。

「はい、この羊が一匹だけで岩場にいて、私達の方をじっと見ていました。そして大波が襲ってくると同時に羊が大声で鳴くと、このような海の状態になったのです。これは奇跡です、この神の羊が起こしてくれた奇跡に違いありません」

「私には羊も何も見えなかった、目の良さではお前にかなうものはいないからな・・・・」

その間にも人がどんどん上陸し始めた、私はちょっと怖くなってきたけれど、でもみんなすごく疲れているようで、陸に上がるなり、倒れ込んでしまう人、明らかに怪我人を介助している人もいて、浜辺は大変なことになっていった。


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