第四章 模様の歴史
フェア島へ
さすがにミミミの大けがで、旅はしばらく出来なくなった。でも、藍の旅は思い出がたくさんできたので、話すことがすぐには無くならなかった。
「糸ちゃん、糸ちゃんは夏に旅行に行くだろう? 僕はその時ちょっと別の所に行きたいんだ。僕のために温泉旅行を計画してくれたみたいだけど」
「いいのよ! ミミミはきっとたくさん用事があるだろうから」
「じゃあ、今度の旅は家族旅行の後でね」
「うん! はじめて藍染めをするの! 面白そう! 」
「お話聞かせてね、ああ、藍染めは見たかったな」
「でも胸ポケットから藍の坪にミミミが落ちたら大変だなとは思っていたのよ」
「落ちたら健康になるかな? 藍には体にいい成分がたくさんあるからね」
すっかり元気になって私は安心した。
そうして家族旅行が終わって一週間もしない頃、お母さんが急に二階の私の部屋に上がってくる音がした。ミミミはコロンとマスコットに戻り、私は多すぎるお菓子の袋をゴミ箱に捨てた。急いだ感じでノックの音がしたと思ったら、「ちょっと待って、糸の部屋かしら」
お母さんは電話をしながら部屋に入ってきた。
「ねえ、糸、フェアアイルセーター、あの赤のセーターはどうしたっけ? 」
「おばあちゃんが作ってくれたの? タンスの引き出しの一番上よ」
そう言うとお母さんは
「ああ! あったあった! ごめん、送ってなかったね、今度必ず送るから」と電話を切った。
「ああ、嫌だわ、忘れっぽくなって。糸、このセーターもう小さくなって着られないでしょ? 秋には他の子達に送るからね」
「大好きだったのになあ、残念」
「よく似合っていたわ、でもセーターを着て撮った写真は何枚もあるから」
「うん」
お母さんが部屋から出て行くと、ミミミは本当にウサギのようにぴょんぴょんジャンプして、気が付いたらセーターの上に乗っていた。
「わあ! 糸ちゃん、本当にきれいなフェアアイルセーターだね。おばあちゃん、とっても上手だ。色の組み合わせが特に美しい」
「おばあちゃんはこのセーターを作るのが好きだったみたい。だからお正月にみんなが集まると、このセーターだらけになるの。おじさん達もおばさん達も、従兄弟達も。今年もセーター写真を撮ろうってみんなで言うのよ」
「これは本当に素晴らしいよ」
白いウサギのミミミはずっと、この赤と黄色やオレンジやクリーム色の模様の地面を、歩きながら見ていた。その姿を見て、私は気が付いた。
「ああ、そうか、私が作るアイロンビーズって、この色の使い方をお手本にしているのかも。だからきっと他の人がきれいだっていってくれるんだ」
「それもあるとは思うけど、写真を見て作っているわけではないから、きっと糸ちゃんの感覚だよ」
「このセーターはフェアアイルセーターって言うの? 」
「うん、小さな島で作られるセーターなんだ。元々は草木染めだったんだろうけど、今はどうなのかな? そこまでわからないけど、でも今でも島で作られているみたいだよ」
「フェアアイル島? 」
「フェアアイルで フェア島という意味だね。糸ちゃん、フェア島に行ってみたい? 」
「え! 行ってみたい!! このセーターが生まれた島でしょ! 絶対に行ってみたい!! どんな所なんだろう! お花がいっぱい咲いているんだろうな、だってこんなきれいな色と模様があるんだもん」
「あ・・・あのね・・・でも・・・」
「え? 何かあるの? 」
「フェア島は寒いんだよね・・・北欧、ノルウェーに近いところにあるから。今日本は夏だろう? 夢から帰ったときにすごく熱く感じるかもしれない」
「むしろ夢の中だけでも涼しいところに行ってみたい」
「涼しいは完全に通り越しているよ」
「大丈夫!! だめ? ミミミ? 」
「糸ちゃんがそうしたいなら」
ミミミも最後は微笑んでくれたので、私はすごく楽しみになった。
フェア島、フェアアイルに行くことが決まってから、毎日が本当に待ち遠しくていたけれど、京子ちゃんから急に言われたことにはびっくりした。
「毎日暑いね、京子ちゃん」
「うん、でもね、暑いと私、逆にきれいな赤いものを思い浮かべるのよ、そうすると、何だか不思議と涼しくなった感じがする」
「赤いもの? 辛いものとか?」
「フフフ、違うの。実は糸ちゃん赤いセーターなの。フェアアイルセーターって言うんでしょ? 私転校してすぐにあの糸ちゃんのセーターが素敵だってお母さんに言ったら、「確かに素晴らしいフェアアイルセーターね」って」
「あ! そういえば京子ちゃんも着ていたね、薄い色のきれいなセーター、あれも同じよね」
「私も糸ちゃんと同じようなセーターが欲しいって言ったの。でも・・・お母さん、全然私のことがわかってないの」
「どうして? 」
「だって、糸ちゃんのみたいな、はっきりとした色が良かったのに、淡い色ばっかりで作って・・・・お母さんに文句を言ったら
二人で着られるように作ったって。多分今年は弟が着るかな」
「それを考えていたんだね、私のセーターも従兄弟の子どもが着ると思う」
「フェアアイルセーターが欲しいのなら、大きくなって自分で編みなさいって言われたの。もし作るのなら色もデザインも、糸ちゃんのと全く同じでもいいかなって」
京子ちゃんはもしかしたら礼以上に感が良いのかもしれないと、最近は思って、気をつけている。
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