京子ちゃんの秘密
私はフエルトを刺すのに少しなれてきたので、おばさんに聞いてみた。
「京子ちゃんは? 」
「バレーよ」
「バレエ? 京子ちゃんらしいですね、優雅に踊ってるのって」
「違うわよ、踊りのバレエじゃなくて、バレーボールのほう。
ああ、やっちゃった。まだ京子から知らされてなかったのね。糸ちゃんにはだまっておいてって、自分から話すからって言われてたの」
「それで最近つかれていたんですか? でもどうして? 」
「ちょっと厳しめのバレークラブでね。本人も続くかどうかわからないから、続ける自信が出来てから糸ちゃんに言いたかったみたいなの。今日もしかしたら試合に出られるかもしれないから、主人は弟を連れて応援に行っているの、私はお留守番、「お母さんは来ないで」って言うのよ。私が来ると緊張するんだって。
あの子、糸ちゃんにひどいこととか言っていない? うちのわがまま姫様は」
「京子ちゃんがわがまま姫?? 全然違います」
「本当にあの子は人前では・・・二重人格かしら」
私はその言葉を聞いて笑ってしまった。
「そうなんですか、でもちょっと安心しました。京子ちゃんって私と違って全部がお姫様みたいだと思っていたから」
「違う違う! 兄弟喧嘩する時なんて、弟相手に容赦ないときがあるから! スポーツはあの子に向いているのよ。それにね、糸ちゃんに「運動神経がいい」って言われたのがすごくうれしかったらしいの。だって糸ちゃん男の子に交じってサッカーしていたから、京子の憧れだったのよ。
糸ちゃん・・・・・悪いけどバレーのこと聞かなかったことにしてくれるかしら、面倒なのよね。きっと明日の朝告白するんじゃないかしら」
私はまた笑ってしまった。このことを知って、京子ちゃんのことがなおさら好きになった。
「わあ、質のいいフエルトなのね、すぐくっついた。糸ちゃん、布と布の段差の所を、鉛筆で広い所を塗るみたいに、針でガシャガシャってやってくれる? そうすると段差が目立たなくなると思うの」
私はおばさんに言われたとおりにすると
「本当だ! 元々一枚の布みたい」
「そうなるかわからなかったけど・・・本当にきれい。特別なフエルトなのかしら? これ、どこのメーカーの手芸セット? 」
「あの・・・亡くなったおばあちゃんがくれたものなのでわからなくて・・・」
「ああ! そうだったわね! お母さんがそう仰っていたわね。昔のものの方が、質が良かったりする場合も多いから。でもその糸は新しそう。まあ手芸店をされていたんだからね」
おばさんは納得してくれたみたいなので、私は一安心した。
そして綿をちょっとだけ詰めて、まち針で仮止めした部分を、黄色い糸で縫い始めた。でも同じ色で縫うために、どうしても糸を切ってから使わなければいけなかった。
「糸ちゃん、すごく上手よ、丁寧で」
おばさんは私を誉めながらも、色が違うために使わなかった切った糸を、しげしげと眺めた。そして糸巻きも。
「木製の糸巻きなんて最近珍しい。それに、糸の素材が全く書いていないなんて」
さすがにおばさんは目の付け所が違うと思った。縫いながらドキドキしていたけれど、でもミミミが元に戻っていくのが本当にうれしくて、私はおばさんのことが気にならなくなった。そして
「ああ! 出来たわね、糸ちゃん! 糸を切りましょう」
ミミミは元の通りに戻った。でもやっぱり新しいフエルトと糸の所は他と違ってピカピカだった。
「ありがとう! おばさん!! こんなに早く修理できるとは思わなかった! 」
時間はお昼前、ちょうど帰る時間だった。私はなるだけ早く、フエルトの切れ端や使わなかった長めの糸、糸巻きを直して、ミミミの焦げた部分も持って帰ろうとした、すると
「糸ちゃん、それはうちで捨てるから大丈夫よ」
とおばさんが言ってくれた。
でも私はその時にものすごく考えた。
「あれは特別なフエルト、でも確かに焦げた部分を持って帰るのは逆におかしいよね、さすがにおばさんも、とっておくことはしないだろう、だったらおばさんの言うとおりにした方がいいかな」
心の中で急いで結論を出して
「はい、本当にありがとうございました」と私は家に帰ろうとすると、おばさんは急に真剣な顔をした。
「糸ちゃん、一つだけ教えて。その焼け焦げたところ、火遊びをしていてなったわけじゃないのよね、糸ちゃんはそんな子では無いと思うけれど」
まるで病状を告げるお医者さんの様だった。
「それは・・・違います・・・」
でもその後は全く言葉が浮かばなかった。真実は言えるはずもないし、お父さんはタバコを吸わないし、ウソの一つも思い浮かばない。でもおばさんは
「それを聞いて安心したわ、糸ちゃん」
微笑んでそう言ってくれた。
「あの・・・本当にありがとうございます。お母さんに言ってもよかったんですけれど・・・その・・・早くきれいに直したくて」
「ハハハ、ありがとう、頼ってくれたのね、うれしいわ。
今日の事は二人の秘密。そのかわり・・・糸ちゃん・・・
悪いけど京子のバレーボールのことお願いね」
「ハイ!! 」
私は京子ちゃんの家を出た。
帰り道、私はしばらくミミミを抱きしめていたけれど、
「ああ、ごめんなさい、お休みミミミ」
とバックの中に入れた。
「糸、どこ行ってたの? 朝と違ってニコニコね 」
「ちょっとミミミとお散歩」
美味しいお昼ご飯だった。
でも食べながらふと思った。
「ああ、糸切りばさみで、仕上げでちょっとだけ切った短い糸があったけど、まあ本当に短かったから、おばさんが掃除機で吸っちゃうよね」
でもこの糸が、実はちょっと大変なことを後に起こしてしまうのでした。
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