発熱
随分と眠っていたらしい。
カーテンの隙間からこぼれた夕日が眩しくて、僕は目を覚ました。カタカタと風で窓が揺れている。隙間風は、季節特有でとても冷たかった。
それでも、顔は熱くて熱くてたまらなかった。
随分と高熱になってしまったらしい。
高校時代なんて、部活もしていなければ毎日すぐに帰っていたから。突然の重労働に体が付いてこなかったんだろう。
もしかしたらこのまま、死ぬのかもしれない。
ぼんやりと思った。
恐怖はなかった。
むしろ、悪い気はしなかった。
あの時……あの時間軸で交通事故に遭った時、僕は死んだ。なのに、みっともなく九年のタイムリープを果たして、あの時の謝罪の機会も失って、僕はまだ生きている。
この世界で、僕はどうして生きている。
あの時の謝罪もせず。
あの時の贖罪もせず。
どうして僕は……まだ生きているのだ。
熱のせいか、いつにもまして暗い感情が胸を駆け巡っていた。悪い傾向だ。わかっている。でも止められなかった。
「自分で自分が嫌になる……」
「だったら、あんなことしなければいいのに」
聞き慣れた声がしたことに、僕は飛び退いた。
熱による幻覚か。
一瞬そう思ったが、違った。
ベッドの横には、紗枝がいた。
呆れた顔の、紗枝がいた。
「……どうして?」
「あんたが熱を出したって聞いたから」
「……そっか」
それを聞いて、不思議と安心する気持ちがあった。
多分、断罪に来たのだろうと思った。
文化祭実行委員の連中にでも唆されて、気の良い紗枝が受け入れたのかもしれない。
「皆持ち切りだっただろう。あいつ、あんな偉そうなこと言って休むのかよって」
紗枝は黙っていた。
「熱を出してごめん。でも僕、この通りだ。最近体は弱くなってきている気がする。もう、文化祭実行委員には行けない。体が持たないし、心も。……だから、僕のクラスの文化祭実行委員は男子の代役を立ててくれ。そうだな、例えば……。
板野君なんて、他クラスの女子からも人気でいいんじゃないかな」
言い切って、熱のせいで息が荒れた。
紗枝は、目を細めて僕の発言を聞いて、まもなく大きなため息を吐いた。
「板野君が文化祭実行委員であんたの代わりをする必要はないでしょ」
「なんで」
「あんたが心を病むことなんて、別にないんだから」
「……え?」
「別に皆、今日休んだあんたのこと、恨んでないよ」
「え……」
唐突な紗枝の言葉に、僕は目を丸くした。
恨まれていない?
そんなはずはない。
あれだけ自分勝手な物言いで迫って、あれだけ苦しそうな顔をさせて。恨みを買わないわけ、ないではないか。
「まあ今日も最初はさ、雰囲気悪かったよ、定例会。むしろ皆、あんたが休みってことを聞きつけたのか、はたまた週初めだったからか、ほぼ全員集まってきた」
わかりやすい奴らだ……。
「そして、最初は罵倒大会。あいつ生意気だ、とか、うるさい奴が消えて作業に集中出来る、とか。大体それが四十分くらい続いたかな。それからようやく、その日の定例会は始まったの」
ほんっとうにわかりやすい奴ら……。僕も少しだけ呆れるよ。
「でね、各項目の進捗が報告されるんだけど……まもなく場が混乱するの。理由は、先輩が報告した金曜日までの進捗状況と、昼休みに一年生が見た進捗状況が、あまりにかけ離れていたから。一年の子は、金曜に自分がした作業が少し不安で上手くいっているか様子を見に行ったんだって」
「……そう」
「それで、誰かが土日に作業をしたんだろって話になったんだけど……誰も名乗り出ないわけなのよ。そして困惑している時に、現れたの」
誰が、と聞く必要はなかった。
「守衛の人が、修也はいるかって、物理室に入ってきたの」
僕は、紗枝から視線を離した。
「あんた、宿直室に忘れ物したでしょ」
「……気付かなかった」
「守衛のおじさん、これがないと作業が捗らないだろうからって、わざわざ届けてくれたの。それで皆気付いたわけよ。あなたが毎夜毎夜、遅くまで一人で作業していたことに。他の作業の尻拭いまでしていたことに」
「……そう」
「それで、おじさんがとどめに言ったの。あなたが、どうしても文化祭を成功させたいって語ったこと。あなたの熱意に負けて作業を手伝ってあげたことも。
皆、途端に悔やむような顔つきになった。
さっきまであなたの罵倒会をしていたことを悔やむように、反省して作業をしようって……そして、あたしがあんたのお見舞いに派遣されたってわけ」
語り終えたが、紗枝の顔は何故か険しいままだった。
「……こんなこと、もうしないでよ?」
文化祭実行委員の皆は、僕への態度を改めたらしい。
でも紗枝はどうやら、まだ僕に言ってやりたいことが残っているようだ。
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